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月影物語


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執筆後記

 同時連載のもう一作について更新予定が狂ったため、本作が記念すべき当サイト初の完結済み長編小説となりました。無茶な更新計画を立てて(最後は微妙に予定が狂いつつ)、悲鳴を上げながらも何とか完結に扱ぎつけることができました。作者はとても楽しんで書いたのですが、読者の皆様には楽しんでお読み頂けましたでしょうか。
 頼りない主人公は結局何もすることなく、夢オチと言われかねない結末ですが、平安の都から甦った彼らの物語は決して幻ではありません。そもそもこの物語は平安の都に生きていた前世の彼らのためにありました。作中、彼らの存在は「前世の記憶」とされていますが、実際は、現世での禍根から成仏できなかった魂、つまり幽霊として認識した方が分かりやすいのかもしれません。言い換えれば、彼らの魂を癒すためのちょっとしたイベントに、アズマや望、雅臣は巻き込まれたのです。生まれ変わりの環、輪廻の鎖から解き放たれた後、アズマたちがどんな未来を作るのか、それは全てアズマたち次第です。

 登場人物の名前について少し語ろうと思います。
 基本的に、前世との関連とのもとに名付けられています。「春宮」は「とうぐう」とも読む「東宮」の同義語です。「内賀」と「宇野」は、内大臣と右大臣なので「内の」という意味での「内が」と、「右の」です。内野にしなかったのは、メインキャラで名前の字が重なるとややこしいと思ったからです。彼らは下の名前も当初「雅臣」と「貴臣」でした。雅臣は変えたくなかったので、宇野君のお名前を変更。大臣の「大」です。
 本当の最初は雅臣は内大臣ではなく左大臣で「佐野」だったんですがね。
 ちなみに、本作確定稿での左大臣にも名前があります。前世の彼らは役職名が基本で名前は判明していないのですが(かぐや姫と朔姫は例外)、左大臣だけは名前があります。
 その名も……藤原。
 言うまでもないですか。
 望と朔姫は満月と新月から。実は、この『月影物語』、当初の執筆候補メモでは「アズマは月にある二つの王国の争いに巻き込まれてゆく。」と書いてあったりします。当初はここまで『竹取物語』や史実に忠実な展開をする予定ではなく、若干西洋的な要素も入る予定だったようです。

 さて、本作は『竹取物語』を取り入れ、平安時代を舞台にした場面を含んでいるということで資料や史実に基づく要素も多いのですが、その辺について少し述べておこうと思います。
 本作においては(というか私個人の希望として)『竹取物語』の作者は紀貫之であるという仮説を取っています。本作で語られた東宮の話を東宮学士の二人のいずれかが語り、それを貫之が『竹取物語』にしたという考えです。
 そして、この説を採ったことが、第三章で引用した二首の和歌が『古今和歌集』の詠み人知らず歌から借用されているということとも関連します。東宮の物語を知っている貫之だからこそ、東宮の歌を古今和歌集の中に残すことができたが、歴史からは消された東宮であるため、東宮の名を出すことはできず、詠み人知らず歌として掲載されることになったという話です。
 尤も、実際には『竹取物語』の作者は不詳でありますし、作者を貫之とするのは本当に仮説であって、詠み人知らず歌が東宮のものであるなんて可能性は限りなくゼロに近いと言えます。東宮の存在は私の創作なのですから。
 しかし、そんな妄想に支えられつつ、本作は書かれました。史実と『竹取物語』という物語と、この本作での設定を何とか一つにまとめられるようにと細かな苦心をしております。『竹取物語』の原典に当たって頂き、その解説などをお読み頂くと、にやりとして頂ける部分もあるのではないでしょうか。
 ちなみに、第三章で引用した二首の和歌は第三節のものが484番、第四節のものが648番です。右歌番号は『古今和歌集 佐伯梅友校注』(岩波文庫)によりますが、大体どの本でも同じだろうと思います。歌意は口語訳付きの本を参照して頂くのが早いと思いますが、作中での歌意と実際の歌意は異なる可能性がありますのでご了承ください。なお、第四章の和歌は自作しております。
 それから、作中では使用する機会がありませんでしたが、1001番の歌(短歌ではなく長歌の形式)は非常に東宮の真意に近いのではないかと個人的に気に入っておりますので、機会がありましたら触れてみてください。

 執筆に当たっては主に以下の資料を参考とさせて頂きました。
『竹取物語 全訳注』上坂信夫(講談社学術文庫)※解説は大いに参考にさせて頂きました。
『歴史発見 4』NHK歴史発見取材班(角川書店)※「『竹取物語』は貫之作」仮説の提供元。
『日本史小百科8 天皇』児玉幸多編(近藤出版社)※東宮関連の記述にあたって参考にさせて頂きました。
 この他にも日本史系事典、古語辞典、古今集関連書籍、インターネット上の情報などを参照しています。

 長編の執筆後記はこれが初めてで、だいぶ長くなってしまいました。まだまだ語りたいこだわりはありますが、残りはそれぞれ読者様に発見して頂く日を楽しみに。

2006年10月7日


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