突撃! Glasses
第二話 爽やかな青で決めろ! ―― (1)
ゴミの要塞で奮闘すること三時間。既に時刻は正午を過ぎ、部屋の中はやっと通常レベルの散らかった部屋にまで戻った。これを綺麗な部屋に戻すにはまだ時間が掛かりそうだが、今日のところは一先ずこれで良いだろう。謎の薬品や機械については本人に整理してもらった方がいい。できることなら怪しいものには極力触れたくないと孝志は部屋の片隅を見つめながら思った。
黄色いボタンを押して、地下室にこもりっきりのアヤに報告する。
「一階、だいぶ片付きました。」
「ご苦労。もう昼過ぎだな。ちょうどいい。昼飯を買ったら下りてきてくれ。私は駅前のファストフード店のフレッシュ野菜バーガーが好きだ。」
アヤは一方的に言い、通信を切った。こんなアヤの態度にも既に慣れている。怒る気力もなく、孝志はのろのろと部屋を出た。一度自分の部屋に戻り、財布の中身を確認してから駅前へ向かう。果たしてアヤは昼食代の請求に応じてくれるだろうかと心配しつつも、隣のマンションに優里の影を探すことは忘れない。残念ながら意中の彼女の姿は見つけられなかったけれど、月曜日に授業で会った時、彼女は眼鏡を掛けた自分をどう思うだろうかと考えるとわくわくした。眼鏡を掛けただけですぐに注目されるということもないだろうけど、少しくらいは気に留めてもらえるかもしれない。
「いらっしゃいませー。こちらでお召し上がりですか?」
駅前のファストフード店の店員は飛び切りのスマイルを見せた。
「いや、テイクアウトで。ええと、フレッシュ野菜バーガーとチーズバーガー。ポテトのMサイズを二つと……。」
注文をしながら、孝志はアヤに好みのドリンクを聞き忘れたことを後悔した。アヤは、好みでないものを買って帰ったら、色々と文句を言いそうな性格だ。眼鏡の通信機能で尋ねることもできるが、既にカウンターの前に立つ今、店員や他の客の前で変な眼鏡の機能を使うのは気が引けた。
「アイスティーとアイスコーヒー。Mサイズで。」
一先ず穏当な選択をし、文句が出たらまたその時考えればいい。
「アイスティーはレモンとミルクがございますが。」
「レモンで。」
店員の質問に答えながら、孝志はふと違和感を感じた。何となく視線を感じる。それも嫌なものを見るような悪意の視線ではなく、どちらかと言うと好意に満ちた視線だ。孝志がカウンターのメニューから顔を上げて振り向くと、隣の列に並んでいる高校生くらいの女の子の二人組がこちらを見ながら笑っている。馬鹿にして笑っていると言うよりは……。
「あ、こっち見た。ね、ね? かっこ良くない?」
耳に届いた声に、孝志は慌てて顔を背けた。
「先にお会計、失礼致します。」
店員がトレイに乗せていた五千円札を取り、レジを叩く。
「おつりが大きい方から一千、二千、三千……。残り、八百四十五円になります。もう少々お待ちくださいませ。」
店員の見せる笑みがいつも以上に好意に満ちているような気がするのは気のせいだろうか。孝志はお釣りを受け取りながら首を傾げた。眼鏡を掛けて確かに少しかっこよくなったような気はするが、こんなにも目に見えて効果が出るものなのだろうか。もし本当にこれが眼鏡効果なら、多少の文句はあれど、アヤに感謝しなくてはならない。
店員から商品の入った手提げを受け取り、孝志は不思議な良い気分で店を出た。
「遅い!」
ボロアパートへ戻り、地下の秘密基地へ入ると、アヤがキャスターの付いた椅子でころころと転がりながら近付いて来た。
「まあ良い。それで、どうだった?」
「どうだったって何がです? フレッシュ野菜バーガーならちゃんと買ってきましたよ。」
「そうじゃない。眼鏡の効果だ。モテモテだったろう?」
アヤは孝志の手から袋ごとハンバーガーを受け取ると、ごそごそと中身を漁りながら言った。
「え? ああ、まあ、少しは効果があったと言うか何と言うか……。」
「ふむ。あ、まさかお前、途中で女の子をナンパなんかしていたんじゃなかろうな? それで遅くなったのか?」
アヤは何か考える素振りを見せながら、袋を抱えて部屋の中央の円柱に近付いた。
「してません! 真っ直ぐ行って帰ってきました!」
孝志はそうはっきり言い切った後、「僕は松原さん一筋なんですから。」と小声で付け足した。
アヤは円柱の脇のパネルを操作し、円柱がガタガタと音を立て始める。円柱とその付近の床から棒や板のような物が突き出てきたかと思うと、それぞれのパーツがパズルのように組み合わさって、テーブルが出来上がった。
「どうだ、すごいだろう? 作戦会議用のテーブルにもなるのだ。椅子も出るぞ。」
アヤが再びパネルを操作すると、床のタイルがパタリと開き、そこから丸い椅子が飛び出す。
「まるでカラクリ屋敷ですね。」
孝志は褒めたつもりだったが、アヤは不満げに返した。
「ふん。先人に学ぶことは多いが、カラクリ屋敷と言うその古めかしい言い方は気に食わん。この秘密基地は最先端テクノロジーの集大成なのだ。」
出来たテーブルにハンバーガーやポテトを並べ、アヤはさっさとフレッシュ野菜バーガーに齧り付く。
「飲み物、アイスティーとアイスコーヒーがありますけど、どちらにしますか?」
孝志は自分のチーズバーガーとポテトを確保しながらアヤに尋ねた。
「私はホットコーヒーが良い。空調が入っているせいでここは冷えるのだ。室温が高いとコンピューターに悪いからな。」
予想通りに出た文句に、孝志は文句を返す代わりにゆっくりと息を吐いた。
「案ずるな。コーヒーならボタン一つで用意できる。お前も要るか?」
アヤはそう言ってパネルを操作した。
「いえ、僕はこれで良いです。」
孝志はアイスティーを取り、床から飛び出してきた椅子に腰を下ろすと、レモンリキッドの封を切った。
お互いに黙々と食事を勧めながら、孝志はこの妙なシチュエーションについて考えていた。一体なんだってアヤと一緒に食事をしているのだろう。自分の分だけ取ってさっさと自室に戻ることもできた。むしろそうすべきだったのだ。眼鏡は気に入っているけれど、こんな変な人とはできる限り関わりたくない。そろそろこのボロアパートを出て引っ越そうかと思ってもいた。優里との仲も一向に進展せず、こんなところに住んでいても未練がましくなるだけだ。先ほどファストフード店で会った女の子とか、広い世界を見れば自分の彼女になってくれる可愛い女の子が他にたくさんいるような気がする。
孝志がチーズバーバーを食べ終わり、半分も食べていないポテトをアヤに奪われ、仕方なくアイスティーを飲み干したその時だった。
――ビーッ、ビーッ。緊急指令、緊急指令。
大きな音と共に、正面のモニタで赤いサインが点滅する。
「な、何だ!?」
「ついに来たか! 眼鏡戦隊グラッシーズ、出動だ!」
「出動だって、何なんですか、これ。一体何が起きたんです?」
「案ずるな。お前の愛しの松原優里が出掛けたのだ。」
アヤは食べ終えたポテトの箱をテーブルに放り投げると、ペーパーティッシュで指先を拭きながら、椅子に座ったまま巨大モニタへ近寄った。
「出掛けたって何でそんなことが分かるんです?」
「昨日の内に彼女の家の玄関にセンサーを仕掛けておいたのだ。見ろ、監視カメラ付きだ。」
アヤがモニタの前の機械を操作すると、赤い警告サインは消え、代わりに優里のアップが映った。カメラはエレベーターホールの天井に付けられたものらしく、エレベーターを待つ優里を斜め上から捉えている。
「他にも数箇所に仕掛けてある。彼女の靴にも発信機を付けておいたから彼女の位置はパーフェクトに把握できる。」
「ちょ、ちょっと待ってください。監視カメラとか発信機とか、そんなものを勝手に付けて犯罪ですよ? カメラなんて盗撮じゃないですか!」
孝志は突然映し出された優里のアップ――斜め上から取っているせいで胸元を覗くようになるのだ――にどきりとしつつも、理性を取り戻して抗議した。
「監視カメラなんて今時どこにでもある。あのマンションの入り口にだってあるではないか。」
アヤはふんと鼻で笑う。
「あのマンションの入り口にだってって……。」
孝志は呆れて言葉が続かなかった。入り口に監視カメラがあるということは、不審者が侵入しないように警備をしているということで、そもそもあのマンションの入り口はオートロックだ。住民以外は立ち入れないようになっている。住民でもないアヤが勝手に入って行ってカメラやセンサー、発信機を取り付けたと言うのは、不法侵入罪を成立させるには十分だ。
孝志は犯罪者と関わりになったことを後悔しながら頭を抱えた。入り口の監視カメラがアヤの姿を捉えていれば、不審物の設置が発覚し、アヤが逮捕されるのは時間の問題だ。例え入り口の監視カメラがアヤの姿を捉えていなくても、アヤが残した指紋から犯人はいずれ割れる。指紋さえ残さなかったとしても、アヤの設置したカメラの映像をここで受信していることはプロの手に掛かれば容易に発覚するだろう。まさか有線ではないだろうが、無線なら受信可能範囲は限られる。徹底したローラー作戦でこの場所が割り出されるのは時間の問題だ。
「とにかく出動だ、メガネレッド! 彼女を追いかけ、悪の手から守り抜くのだ!」
「追いかけろと言われても……彼女の位置はこちらから連絡する。さあ、行くのだ! 行かないとお前の恥ずかしい……。」
「分かりました、分かりました!」
孝志はやむなく椅子から飛び上がり、地下の秘密基地を飛び出した。掃除の後に見せてもらえるはずだった恥ずかしい写真は未だに見ていないけれど、オートロックのマンションに監視カメラを仕掛けるくらいだ。どこで何を撮られていても不思議ではない。今は素直に従うしかなかった。
ボロアパートを飛び出すと、道の先にゆっくりと歩いて行く優里の姿が見えた。そのまま自室へ戻りたい気持ちを抱きつつも、大人しく優里の後を付いて行く。
「どうやら駅前へ向かっているようだな。デートかもしれん。」
「で、デート!?」
「美人の彼女のことだ。デートの相手の一人や二人いるかもしれん。だが、案ずるな。もしそのデートの相手が悪い奴なら、遠慮なく成敗すれば良い。」
眼鏡の通信機能を介してアヤが言う。
「良い奴だったらどうするんですか?」
「その時は……まあ、諦めろ。」
期待通りの嬉しくないアドヴァイスに、孝志は大袈裟に肩を落とした。
「潔く身を引くのも正義の味方だ。」
アヤの台詞は孝志にとって何の救いにもならないが、アヤに救いを求めることがそもそもの間違いだ。孝志は小さく息を吐きながら、アヤの指示通りに優里を追いかけた。
駅に着き、優里が改札を抜ける。孝志も慌ててジーンズの後ろのポケットから財布を取り出し、自動改札機に当てた。ICチップを利用したタッチ&ゴー・システムで尾行はだいぶ楽になったようだが、孝志のカードに残された残高はあまり多くない。基本的な生活は大学と自宅の往復で定期の範囲で済んでしまうから、必要に応じてチャージするようにしているのだ。
遠くに行くようだと出口で清算をする間に見失ってしまう恐れがあるが、アヤの言う通り、優里の靴に発信機が仕掛けられているなら問題はない。いや、そもそも孝志は自ら好んで優里を尾行しているわけではない。そんなストーカーまがいの趣味は孝志にはなかった。見失ったら見失ったで家に戻る口実ができて嬉しいくらいだ。
優里は五つ先の駅で電車を降りた。駅前は映画館やショッピングセンターが集まる繁華街で、デートの待ち合わせにもよく使われるスポットだ。
「やっぱりデート……。」
孝志の心の中に憂鬱な思いが浮かぶ。同時に、本当にデートならその相手の顔を見たやりたいという強い思いが生じた。負けなら負けで潔く諦めるのが正義の味方……なんてアヤの言葉に納得するつもりはないが、自分が負けた相手くらいは知っておきたい。今後のためにも敗因の特定は重要だ。
孝志は人ごみに紛れながら、待ち合わせスポットとして有名な猫の銅像の隣に立ち、携帯電話で時刻を確認しているらしい優里の様子を窺っていた。優里が誰かと待ち合わせをしているのは間違いない。孝志はその相手が恋人ではなく、ただの女友達であることを願った。
ふと、孝志の目が優里に近づく一人の男を捉えた。明るい茶色に染め抜いた髪によれよれのシャツと汚れた――たぶん意図的に汚したそういうデザインの――ジーンズ。そういったファッションが最近の流行であることは孝志も知っていたけれど、どうも見た目に清潔感がない。明らかに緩んだ顔は不真面目なナンパ男以外の何者でもないと孝志は確信した。
雑踏の中では、その声をはっきりと聞き取ることはできないが、ナンパ男は何やらにやついた顔で優里に話しかけている。まさかこのナンパ男が優里のデートの相手なのだろうか。孝志が怒りを感じながらぐっと拳を握り締めた時だった。アヤからの通信が入り、孝志は慌てて耳に手を当てた。雑踏の中では通信機の音が若干聴きづらくなるように思えたからだ。
「メガネレッド、どうやら出番が来たようだぞ。」
アヤの声は明るい。
「どういう意味です?」
「まあ、少し様子を見ていろ。完璧なタイミングで指示を出してやるから。」
そう言うと、アヤはまた一方的に通信を切った。アヤは彼女の靴に発信機を付けたと言っていたが、もしかすると他にも盗聴器などを仕掛けたのかもしれない。少なくともアヤは今目の前で二人の姿を目撃している孝志以上に、優里とナンパ男の状況について詳しく知っているようだ。
孝志が優里とナンパ男のやりとりを凝視していると、その間に女の子が独り割り込んだ。割り込んだ女の子はナンパ男に対して露骨に迷惑そうな視線を向け、優里を促して歩き始める。
割り込んだ女の子の顔に、孝志は心当たりがあった。名前は佐竹鈴子。大学でよく優里と一緒にいる女の子だ。たぶん、彼女が今日の優里の待ち合わせの相手だったのだろう。そしてナンパ男はまさにその名の通りのナンパ男。一人でいる優里をお茶にでも誘おうとしたのだろう。そこへ鈴子が現れて見事にナンパは失敗。孝志が人ごみの陰からナンパ男に対して勝ち誇ったような笑みを向けたのも束の間、優里と鈴子に置いていかれたナンパ男が慌てて二人を追いかけた。二人に並んで歩きながら、へらへらとした笑顔を向けて話し掛けている。
「二人一緒にどうかなあ? オレの友達呼ぶからさ、ダブルデートしない?」
三人が駅前の人ごみを離れたこともあって、声がはっきりと聞き取れるようになってきた。何がダブルデートだ! 孝志が思わず声を上げそうになった時、再びアヤからの通信が入った。
「間違いない。悪は今、お前の目の前にいる馬鹿男だ。さあ、叩きのめせ!」
アヤの声は妙に喜々としている。こんなにも嬉しそうに「叩きのめせ」と言うのは、やはり正義の味方ではなく悪の魔王のような気がしてならない。
「叩きのめせと言われても……。」
孝志が戸惑いながら返すと、アヤは怒った調子で言った。
「メガネレッド! お前は松原優里があのナンパ男の手に落ちても良いと言うのか! お前の愛はそんなものか!?」
そんなものではないと答えたかったが、アヤの思考は何かが根本的に間違っている。しかし、それで反論をすれば事態が悪化の一途を辿るのは目に見えていた。
「……頑張ります。」
「よろしい。」
渋々答えた孝志に、アヤはやはり一方的な台詞で通信を切った。
アヤと通信しながらも孝志は優里たちを追いかけていた。三人は通りに面した公園の前を歩いている。
「ねえ、一緒にお茶しようよ。映画までまだ時間あるんでしょ? 何なら一緒に映画観る? 何観るの? 俺はあれがお薦めだな。今、すっごい怖いって評判のホラー映画。優里ちゃんだったっけ? やっぱり女の子だからホラー映画は苦手? 実は俺もあんま好きじゃないんだけどさ、怖いけど観たいって言うの? 怖さにはまるって言うかさ。ってことはやっぱり好きなのかな、ホラー映画。」
すたすたと歩く二人に向かって、ナンパ男はしつこく話し掛けている。こうも一方的に話ができるのはある意味すごい。アヤの話も一方的だが、一方的にずらずらと続いたのは自ら開発したというシステムの説明だけだ。その他はほとんど一方的に終了するという形を取っていた。
「もうしつこいよ、アンタ。あたしたちはアンタなんかとお茶してる暇はないの! いい加減にしてよね。行こう、優里。」
鈴子がムッとしながらナンパ男に返している。
「そんなこと言わないでさあ。ねえ、優里ちゃんはどう? 少しだけお茶しない?」
ナンパ男が優里の腕を掴んだ。同時に、孝志の堪忍袋の緒が切れる。優里を馴れ馴れしく名前で読んだ上に手を触れるなどナンパ男に許されて良いはずがない。
「おい、お前!」
つかつかと進み出た孝志はナンパ男の肩に手を掛けると、抑えた声で言った。
「あ?」
振り返ったナンパ男の肩を強く押すと同時に、孝志は優里の腕を掴んでいたナンパ男の腕を払った。
「何だよ、お前?」
ナンパ男がムッとした様子で言う。
「お前こそ何だ。二人とも嫌がってるだろう。」
孝志ははっきりとした口調で言った。見ず知らずの相手に対してこんなにもはっきりと物を言ったのは生まれて初めてかもしれない。
「何だよ? お前、正義の味方のつもりか?」
ナンパ男が孝志の手を払い、にやりと笑う。
「そうだ、正義の味方、かっこいいヒーロー、眼鏡戦隊グラッシーズだ!」
そうナンパ男の台詞に答えたのは孝志ではなかった。孝志が声の発生源を振り返ると、左ハンドルの白いオープンカーからアヤがひらりと飛び降りてきた。その軽やかな身のこなしはまるで映画のようだったが、孝志が呆然とアヤを見つめたのはアヤの身のこなしに見惚れたからではない。優里の目の前でアヤが堂々と眼鏡戦隊を名乗ったことに慌てたからだ。
「何だお前ら? 眼鏡戦隊って馬鹿か? アニメオタクかよ。」
ナンパ男がけらけらと笑う。
「ち、違……。」
アヤを見、優里を見、孝志はおろおろと慌てふためいていた。
「メガネレッド、その馬鹿男を捕獲するのだ!」
アヤがナンパ男を指差しながら孝志に命ずる。こうなると「赤の他人です。」という主張はもはや通りそうにない。そんな主張をすれば、それを反抗と見なしたアヤが何をするかも分からない。
「いや、でも……。」
「いくぞ、眼鏡戦隊スペシャルメカ、取る取るキャッチャー!」
いつの間にかアヤはバズーカを肩に掲げて構えている。
「何だよそれ。ヒーローごっこのつもりか?」
ナンパ男はアヤを指差しながらけらけらと声を上げて笑うが、孝志は恐ろしく嫌な予感に襲われていた。他の誰かならともかく、アヤははったりでこんな巨大な装置を掲げるような人間ではない。はったりとしか思えないことを無理矢理実現させてしまうのがアヤだ。例えその機能が恐ろしく阿呆なものでも、掲げられた物に何らかの機能があることは間違いない。そして今回はその名称から察するに……。
「発射!」
アヤの声と同時に、何かがナンパ男めがけて飛んだ。ナンパ男がそれを見上げ、それはナンパ男の頭上で開いた。蜘蛛の巣状の網だ。
「うわっ。何だよ、これ?」
網に捕らわれたナンパ男は慌てふためいてじたばたするが、蜘蛛の巣に掛かった昆虫のように、余計に網に絡まって間もなく身動きが取れなくなった。
「よし、メガネレッド、その男を後ろに積め。」
アヤがバズーカを片付け、孝志に命じる。
「積めって……。」
孝志は抵抗の声だけ上げているナンパ男を見、それから唖然としてこちらを見つめている優里と鈴子を見た。言い訳を聞いてもらえる状況ではない。ただの通りすがりで言い訳をすること事態妙な話だ。孝志は優里を知っていても、優里が孝志を知っている可能性は著しく低い。
「メガネレッド、早くしろ!」
アヤがオープンカーの運転席に座って待っている。孝志は一瞬迷った後、決心した。
「ええい!」
声を上げると同時に、孝志は網に絡まれてアスファルトに転がっているナンパ男を抱え上げた。ナンパ男も決して小柄ではないし、孝志も決して屈強なタイプではなかったが、危機的状況になれば力は出る。火事場の馬鹿力と同じ原理だ。
「何してんだ、お前! 下ろせよ。ふざけんな!」
ナンパ男が声を上げるが、孝志は「黙れ!」の一言と共に、オープンカーの後部座席――正確には荷物置き場――にナンパ男を投げ入れ、反対側に回って助手席に乗り込んだ。同時に、アヤがアクセルを強く踏み込み、白いオープンカーは風を切った。バックミラーに映る優里の姿を意識的に視界から外す。眼鏡でかっこよくなった自分を見て優里がどんな反応を示すかを楽しみにする余裕はなくなった。とにかく今後一切あれが自分であるということがばれないことを祈るしかない。孝志は大きくため息を吐いた。