ここち

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突撃! Glasses

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第四話 穏やかな緑で見守れ! ―― (1)

 眼鏡戦隊グラッシーズのメンバーは現在、大学構内で警戒中だ。大教室の一番後ろの黒板に向かって左隅に固まって座っている。
 まだ昼休みだが、三時限目の授業のために既に続々と学生たちが集まっており、中には席に座っておにぎりを齧ったり、お弁当を広げたりしている者もいる。メガネレッド――孝志の隣でも、アヤがメガネブルーに命じて買ってこさせたフレッシュ野菜バーガーにかぶりついていた。
「何しに来たんですか、あなたたちは。」
 孝志は頭を抱えながらアヤとメガネブルー、メガネイエローの三人へため息混じりの言葉を向ける。
「もちろん、眼鏡戦隊として世界の平和を守るために決まっているだろう。」
 アヤはポテトを摘まみながら、更に一言付け足した。
「ついでに、リーダー・レッドの恋愛成就を支援してやろうと言うんだ。良い友を持って良かったなあ、レッド。みんなに感謝しろよ。」
 アヤの言葉に、メガネブルーとメガネイエローは一体何のつもりか、親指を立てながら白い歯を見せて笑う。孝志は机に両肘を突き、両手で頭を抱え込んだ。どんな文句も通用しないのならせめて他人の振りをしたい。
 大教室でも相変わらずの大きな態度を取り、目立つ白衣を着た一応は美人と呼ばれる部類のアヤはやたら人目を集める。その上、その周りには色違いの揃いの眼鏡を掛けた三人の男がいて、そのうち一人はちりちり頭でもう一人はオタク。最近、ついにメガネブルーの本名が杉本圭介で、メガネイエローの本名が笹貫信広であるということを知ったが、名前なんて知らない方がより薄い関係性でいられたのではないかと孝志は後悔した。
 強烈なメンバーに囲まれ、孝志は今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。極普通の学生たちがちらちらと向ける不思議そうな視線が痛い。親友の鈴子とのお喋りに興じている優里がこちらを振り向かないのがせめてもの救いだ。
 授業を放棄して逃げ出すのも手段の一つだったが、月曜日の四時限目には孝志が一方的に思いを寄せる相手、優里と一緒に受けられる貴重な講義が入っていた。今、ここを逃げ出しても、四時限目にはまた戻って来なくてはならない。優里を警護しているつもりのアヤたちはどうせ四時限目も出席するに違いないし、こうして遠くからではあるものの、優里を眺められる今だって、優里と共にいられる貴重な時間の一つだった。妙な知人のせいで週に一度の至福の時を失いたくはない。
「そもそも博士とブルーはうちの学生じゃないのに、なんで勝手に入り込んでんだよ。」
 ぶつぶつと文句を呟いてみるが、ハンバーガーを食べつつ、教室の中央付近に座している優里を観察中の三人は、完全に孝志の呟きを黙殺した。アヤに反抗して理不尽な罰を受けるのも嫌だが、反応がないのも落ち着かない。
 視線を隣の三人から優里へ移せば、優里は鈴子と並んで手作りであろう可愛らしいお弁当を食べ終え、片付けを始めているところだ。あのお喋りの輪に入れたら、優里の手作り弁当が食べられたらと妄想してみるが、隣にはやたらと注目を集める変人集団がいて、幸せな想像を音を立てて壊してしまう。
 優里を警護しているつもりの三人を見張りながら、孝志はこれ以上何も起こらないことを祈った。こういった祈りが大概逆方向に作用するということは既に経験から何となく感じていたところだが、それでもやはり祈ってしまうのが人間の悲しい性なのだ。
 孝志は優里に近付く一人の男を視界に留めた。既に何度も構内で見たことのある人物だ。
 椎名幸秀――優里と同じゼミに所属しているらしい帰国子女の優等生だ。帰国子女ゆえか自然にレディー・ファーストを実践するフェミニストで、よく女子学生に囲まれている。あくまでも自然体だから同性の孝志から見ても決して嫌な奴ではなかったが、勉強もできて、弓道部に所属してスポーツも難なくこなすという恵まれた才能には嫉妬も覚えた。冴えない孝志とは対極の冴えてる大学生だ。
 海外居住歴が長いせいで逆に和物への関心が強いらしく、優里が所属する和楽器サークルの公演にもよく顔を出していた。一年以上も遠くから眺めるだけの孝志と違い、時々優里とも親しく話をしている。優里と幸秀なら、誰もが認める理想のカップルだろう。
 明白な敗北に打ちひしがれながら、孝志はぼんやりと優里に声を掛ける幸秀を見つめる。
「まずいぞ。」
 ふと隣でアヤが呟いた。いつの間にか食事を終えたらしく、ハンバーガーの包みとポテトの箱が潰されて紙袋に押し込められている。
「何がまずいんです、博士?」
 メガネブルーが緊張の面持ちで尋ね、メガネイエローも顔を寄せた。
「また松原優里に危険が迫っている。」
 アヤは、楽しそうに話す優里と幸秀を睨みながら言う。孝志は何となくアヤの考えていることが分かったような気がした。これまでの二回のパターンと大体同じことだ。
「奴は松原優里を狙う敵に違いない!」
 アヤがすくっと声を上げて立ち上がった。アヤの声を耳にした数人の学生が驚いた表情で振り向き、孝志は慌ててアヤの腕を掴んでアヤを座席に座らせる。幸いにも、昼休み終了時刻が近付いて学生の出入りが激しくなり、幸秀と話している最中の優里本人はアヤの発言には全く気付かなかったらしい。
「ちょっと、いきなり叫ばないでください。ばれたらどうするんですか。」
 孝志はアヤに囁く。アヤはきょとんと孝志を見つめ、それから嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そうか、お前もついにグラッシーズの活動に熱を入れるようになったのだな。」
 アヤの台詞の意味が分からず、孝志は首を傾げる。アヤの暴走を制止しようとしたことを褒められるなんてことがこれまであっただろうか。いや、これまでにあろうとなかろうと、アヤの言う文脈と孝志の言動は全く一致していない。
「そうだ、ばれてはますいのだ。敵に動きを察知されてはならん。そして、ヒロインや善良な市民を不安にさせることなく密かに正義のために戦うのがヒーローと言うものだ! さすがメガネレッド! さすがリーダー! 私はお前がいまいちグラッシーズの活動に熱を入れていないと心配していたのだが、熱く、しかし冷静に戦うのがヒーローなのだ! 素晴らしい!」
 アヤは興奮した様子で一気に捲くし立て、ばんばんと孝志の両肩を叩いた。アヤが非常に自分に都合の良いように孝志の言動を解釈したことは言うまでもない。孝志が意図していたのは優里に変人と関わっていることがばれたらどうしようということで、アヤの最初の心配の通り、孝志は全く眼鏡戦隊グラッシーズの活動に熱を入れてはいない。普通の精神状態でこの阿呆な活動に熱を入れられる方がおかしいのだ。孝志は自分が天才になれないことは端から悟っていたが、変人変態の烙印を押されるのは御免だった。
 孝志は、アヤへの反抗が無駄だということも知っていたし、反抗する気力もとっくに失っていたから、アヤに肩をがくがくと揺らされながら「離してください。」と小さく告げた。
「おお、すまない。」
 アヤがぱっと手を離し、コホンと一つ咳払いする。これから作戦会議が始まるのだろう。
「博士、その奴って言うのはあそこで優里ちゃんと親しそうに話しているあの怪しい男のことですか?」
 メガネイエローが幸秀を指差しながら尋ねる。孝志としては大いに「怪しい男はお前だろう!」と突っ込みたい場面だが、角が立つのも面倒なので我慢して避けた。
「そうだ。あいつは親切な振りをして松原優里に近付き、悪事を企んでいるのだ。」
 全くもっていつものパターンだ。
「勉強を教えてやるなどと甘言を囁きおって……。」
 アヤが口端を上げながら言う。
「博士、この距離で会話が聞こえるんですか!?」
 メガネブルーが驚いた様子で問うが、孝志にはすぐにそのカラクリが予想できた。至って迷惑なアヤの犯罪的得意技だ。
「私を誰だと思っている。頭を使うのだよ、頭を。下準備は抜かりなくがポリシーだ。」
 アヤは自分の頭を指差しながら言った。メガネブルーもメガネイエローも怪訝そうに首を傾げるが、未だにアヤのカラクリをさっぱり理解できていないとすれば、それは少々お頭が弱いと言わざるを得ない。
「通信機のダイヤルを回して見ろ。私が松原優里に仕掛けた盗聴器の電波が受信できる。」
 アヤが言い、メガネブルーとメガネイエローは慌てて眼鏡に接続された通信機のダイヤルを回す。
「おお! さすがです、博士。なんてクリアな音声なんだ!」
 メガネブルーが大袈裟に声を上げた。お頭の弱さゆえの純粋な驚きであると同時に、アヤに対するお世辞も兼ねているのだろう。メガネイエローも不器用にダイヤルを弄り回して周波数を合わせ、やっと聞こえてきたであろう音声に耳を澄ましている。
 孝志は迷った。盗聴なんて悪趣味だと思うが、優里と幸秀の会話の内容に興味があるのは確かだ。特別な機械を通じてとは言っても、聞く内容はこんな大学の構内で普通に交わされている会話で、もう少し近付いて耳を澄ませば簡単に聞こえる内容だ。今の距離でも、もう少し周囲が静かになれば、聴力が優れた人間なら会話内容が聞き取れないこともないような気がする。それならプライバシーがどうのこうのと文句を言われるほどのことではないし……。孝志は大いに考えた後、好奇心に負けて胸ポケットの通信機にそっと触れると、さりげなくダイヤルを回した。
「ごめん、せっかっくなんだけど明日はバイトが入ってて……。」
 耳に飛び込んで来たのは優里の声だ。アヤの独り言から話の流れを推測するに、幸秀が優里を勉強会に誘ったものの、失敗したところらしい。ざまあみろと孝志は思わずほくそ笑む。
「でも、明後日だったら。来週まで英訳の課題、ちょっと良く分からないところがあって、もし良かったら見てもらいたんだけど……。」
 続いて耳に飛び込んできた言葉に、孝志は笑みを崩した。
「良いよ。喜んで。僕で役に立てるか分からないけど。」
 いかにも好青年な笑顔を浮かべて幸秀が答える。
「あ、私も私も! 帰国子女の幸秀君に英訳してもらえば完璧じゃん。」
 甲高い声を上げたのは鈴子だ。
「ちょっと鈴子。英訳してもらえばって、まさか全部やってもらう気なの?」
 呆れた声で優里が言い、幸秀はくつくつと笑う。
「だって、私、あの課題、まださっぱり手付けてないんだもん。あとで優里の写させてもらおうと思ってたから。」
 鈴子はけろっとして言う。
「一緒に勉強するのはもちろん構わないけど、基本はできるかぎり自分でやらないと。全く同じ訳文を提出するとたぶん、減点されちゃうよ。あの先生、そういうところけっこう厳しいから。」
「ちぇっ、せっかく良いアイディアだと思ったのに。」
 鈴子がふてくされたように呟き、机に腰掛けて足をぶらぶらと揺らした。鈴子のいい加減な性格はさておき、優里たちの会話は大学生の理想的な会話だ。楽しく仲良く、決して変態でも変人でもない面子。孝志は心底、今の場所を離れてまともな三人の会話の中へ入って行きたかった。
「ところで博士、奴のどの辺が危険なのでしょうか? 普通の会話に思えますが。」
 メガネブルーがアヤに問い、孝志は隣の変人集団に引き戻される。
「普通の会話だからこそ危険なのだ。悪は正体を隠して近付くものだ。奴は……。」
 メガネブルーの問いに答え、アヤはもったいつけるように言葉を切った。メガネブルーとメガネイエローが興味津々でアヤを見つめる。
「奴は……むっつりすけべに違いない!」
 アヤは拳を握り締めて宣言した。孝志は他人の振りをしようと慌ててそっぽを向く。
「インテリの振りをして彼女に近付き、勉強を教えると言って実際はあんなことやこんなことやそんなことを教えて堕落させようと考えているのだ!」
 これまでで一番ひどい言い掛かりだと孝志は思った。これが言い掛かりだということは孝志にも分かる。十分はっきりと分かっている。
「それは許せないな!」
「優里ちゃんは僕らが守る!」
 メガネブルーとメガネイエローが口々に賛意を表明した。馬鹿正直にアヤの言葉を信じたと言うか、馬鹿なのだろう。
「ようし、行くぞ、グラッシーズ!」
「おー!」
 アヤが拳を揚げて立ち上がり、メガネブルーとメガネイエローもそれに続いた。
 その後、どんな事態が起こり得るのか、孝志にはある程度想像がついた。それはできれば回避したい事態だったけれど、もはや止めることはできない。教室内の奇異な物を見る視線が苦しかったけれど、もうどうしようもなかった。
 ――びりびりびり……!
 突如として全身を駆け巡る電流に孝志は震えた。
「ちゃんとポーズを決めろ、メガネレッド!」
 アヤがボタンを握りながら言う。髪がちりちりになるほどの強い電流ではないが、抵抗すれば少しずつ電圧が上がってくることはメガネブルーから聞いた話で知っていた。
「やります、やります!」
 眼鏡を掛けていることが変装として機能していればと心から願って、孝志はアヤの指示通りにポーズを決める。やはり世間体よりも命の方が惜しかった。

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