ここち

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突撃! Glasses

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第五話 優しいピンクで包み込め! ―― (1)

 ボロアパートの例の地下室――眼鏡戦隊グラッシーズの秘密基地はいつの間にか、グラッシーズメンバーの溜まり場と化していた。リーダーであるメガネレッドこと柳瀬孝志に限っては、決して自ら望んでそこに溜まるつもりはまるでないのだが、やれ作戦会議だ、やれ危機に備えての待機時間だと、アヤによって強制的に秘密基地へやって来ることを強いられている。作戦会議と言っても、実際は、アヤの退屈しのぎの相手をするか、一回の部屋の掃除や食事の準備といった雑用を押し付けられるだけなのだが、素直に従わなければ電流地獄と世にも恐ろしい脅迫が待っていた。
 尤も、スペシャル眼鏡で完全に洗脳されているらしい他のメンバーは意気揚々と喜んでこの秘密基地へやって来る。今も、メガネブルーと幸秀――常にスペシャル眼鏡を掛けてメガネグリーンとなっている――が自ら望んでアヤのために紅茶を準備しつつ、喧嘩をしていた。
 孝志とメガネイエローがアヤの命令で駅前のファストフード店から、アヤの気に入りのフレッシュ野菜バーガーを含めた昼食を買って帰ってきたところ、普段はコーヒー派のアヤが急に「今日は紅茶の気分だ。」と言い出し、秘密基地に装備されているコーヒー自動抽出機では対処できなかったため、最近秘密基地の奥に新設されたキッチンで、二人がアヤの指定で買って来た高級特製ブレンドティーを準備することになったのだ。もちろん、高級と言うだけあって高価なリーフも紅茶を入れるための道具一式も、アヤの家にあったものは謎の薬品に汚染されてぼろぼろになっていたために新たに購入しなくてはならなくなったティーカップも、全て二人が買って来た。それらの代金を経費として請求することはまず認められないのだろうが、アヤのために尽くすことを喜びと感じるよう洗脳され切っている二人は、どちらが費用を負担するかで争いになったようで、勝利したらしいメガネグリーンは自分が買ったことを自慢げに語りながら帰ってきた。
 そして今、二人はどちらがアヤに紅茶を提供するか――アヤの元へ紅茶を運ぶか――という問題で争っている。少しでもアヤの役に立ちたい、良いところを見せたいと二人は日々戦っているのだが、その争いはどう考えても小学生レベルだった。
 孝志はもちろん、アヤまでも含めたグラッシーズメンバー全員を大いに驚かせたメガネグリーンのアヤへの求婚は、その後の語るも恐ろしい拷問とスペシャル眼鏡の洗脳効果で勢いを殺がれたようだが、アヤへの想い自体はそのまま残されたようだ。その方がアヤにとっても都合よく、メガネグリーンを利用しやすいのだろう。
 争いに積極的には参加しないものの、メガネイエローもアヤには尊敬の念を抱いているらしい。オタク同士で気の合う部分もあるのだろう。さすがにアヤが美少女フィギュアを語ることはないが、ロボット物の話なら二人は最強のコンビだ。孝志にはさっぱり理解できないマニアックな話が続くのだが、話題に入れないメガネブルーとメガネグリーンはメガネイエローを羨みつつもアヤの楽しみを邪魔できないとせっせと飲み物やお菓子を用意してアピールに励むという奇妙な光景の続くことが度々あった。
「うおおおお。なぜだ。なぜ勝てないんだー!」
 突然上がった奇声に振り向くと、キッチンの入り口で、勝負に負けたメガネブルーが拳を見つめながらしゃがみ込んでいる。
 二人の勝負は最終的にじゃんけんで決まることが多いのだが、大概、勝つのはメガネグリーンだ。メガネグリーンの加入でメガネブルーは完全にアヤの「第一下僕」の座を奪われたと言って良い。スペシャル眼鏡でパワーアップしているとは言え、元が馬鹿なナンパ男と優等生の帰国子女では勝敗は端から見えていた。しかし、じゃんけん勝負なら普通、勝敗は運次第だ。尽くメガネブルーが負けるのは何か仕掛けがあるような気もする。
「どうぞ、博士。」
 爽やかな笑みを見せて、メガネグリーンがアヤに紅茶を運んで来た。アヤは無言でティーカップを手にして紅茶を飲む。メガネグリーンはアヤの隣に立ったまま、幸せそうな表情でアヤを見つめていた。恋は盲目とはまさにこのことだろうか。孝志は呆れつつ、ふと気になっていることをメガネグリーンに尋ねようと口を開いた。
「じゃんけん、強いんだね。」
 口調は自然と気楽な感じになる。優等生の幸秀と冴えない孝志との関係なら、もう少し丁寧に、言葉遣いにも気を遣ったはずなのだが、メガネグリーンとメガネレッドの関係にある今は、メガネグリーンが孝志をリーダーと慕ってくれることもあって、何となく、孝志の方が立場が上の者として話をするようになってしまった。散々阿呆な本性を見せられた後では、もはや敬語で話す気にはなれない。
「ああ、あれですか。」
 メガネグリーンは未だに床にへたり込んでいるメガネブルーを見遣りながら、にやりと笑みを浮かべた。やはりじゃんけん勝負におけるメガネグリーンの異常な勝率には何かからくりがあるらしい。
「ちょっとした癖に気付けば、リーダーでもブルー相手のじゃんけんでは負けなしですよ。」
 メガネグリーンは声を潜めて孝志の側へ寄った。
「癖?」
「ブルーは絶対に続けて同じ手を出さないんです。ブルーに限らず人間心理としてありがちなパターンではありますが……。」
 メガネグリーンは一向に悔しさに苛まれて立ち上がろうとしないメガネブルーを見遣る。若干、メガネブルーを馬鹿にした空気も見て取れるが、メガネブルーの阿呆っぷりを十分知っている孝志としてはそれを咎める気にはならない。尤も、孝志からすれば、メガネグリーンもメガネブルーの同類に違いないのだが、無謀なアヤ争奪戦の時を除けば、やはりメガネグリーンの元は優等生なのだと感じることはあった。
「続けて同じ手を出さないと負けるのか?」
 孝志はからくりの本質が知りたくて、詳しく話すようメガネグリーンを促す。
「同じ手を出さないと負けるわけではなくて、同じ手を出さないことに気付かれると勝てない、ですね。正しくは。」
 メガネグリーンはテーブルの隅の操作パネルのボタンに触れ、孝志の隣に飛び出して来た椅子に腰掛けた。孝志が首を傾げながらそのからくりについて考えていると、メガネグリーンは微笑んで口を開いた。
「簡単なことですよ。最初はグーで始めれば良いんです。」
「最初はグー?」
「そう。相手が続けて同じ手を出さないなら、次に出てくるのはチョキかパー。自分がチョキを出せばあいこか勝ち。仮に相手がチョキを出してあいこになっても、チョキの次に相手が出すのはグーかパー。自分がパーを出せば、あいこか勝ち。これを続けていけば絶対に負けません。つまり、相手がその前に出した手に負ける手を次に出せば良いということです。」
 メガネグリーンはそっと孝志の耳元で囁く。
「なるほど。」
「この作戦を逆手に取られると負けちゃいますけどね。ブルーは一向にこっちの戦略に気付いていないみたいですから、まだ当分使えます。」
 メガネグリーンはにこりと笑った。幸秀には穏やかなフェミニストのイメージがあったが、スペシャル眼鏡を掛けたメガネグリーンは知略を巡らす参謀のイメージだ。眼鏡というアイテム自体がシャープな印象を与えるのももちろんだが、スペシャル眼鏡には裏の顔を増幅させる機能もあるのかもしれない。メガネグリーンがアヤに似たずる賢さを身に付けていることに気付き、孝志はメガネグリーンが講じたじゃんけん勝利の法則に感心する一方、敵にしたくもなければ仲間にもしたくない人間が増えた事実を嘆いた。
「それにしても、むさくるしいな。」
 不意に、孝志が最も敵にしたくない、かと言って味方にもしたくない人間――アヤが呟いた。フレッシュ野菜バーガーを食べ終えたアヤが「紅茶には甘いものが必要だ!」と叫んで、メガネイエローが近所のコンビニへ買いに走らされた抹茶ムースはいつの間にか空っぽになっている。買出しに行って、食事の時間を与えられなかった眼鏡イエローはすっかり萎びた冷たいポテトをもそもそと食していると言うのに。
「エアコンは効いているようですけど。」
 孝志は遠慮がちに口にした。部屋の中は、少し涼しすぎるくらいだ。
「違う。室温や湿度の問題ではない! この面子がむさくるしいのだ。」
 アヤはがつんと拳でテーブルを叩き、フレッシュ野菜バーガーを齧った。
「あー……。」
 室内を見渡すまでもなく、孝志は納得しつつ言葉にならない声を漏らす。阿呆なナンパ男に、阿呆なオタク、優等生と見せかけてやはり阿呆な似非日本趣味の男が一堂に会しているのだ。むさくるしいのは当然だった。もちろん、平凡な冴えない大学生である孝志も、むさくるしさアップに力を貸していることは確かだろうが、この中なら一番影響力の少ない人間だろう。見た目は美人だが性格に少々というか、かなり問題のあるアヤが果たしてむさくるしさアップに協力しているのかははっきりしないが、アヤが自分の非を認めるような発言をするはずもない。これは間違いなく「お前らむさくるしい!」というアヤの苦情だ。自分でむさくるしい連中を選んで強制的にメンバーにしておきながら随分勝手な発言だが、今更文句を言うのも馬鹿らしい程、アヤの発言は自分勝手なものばかりだった。
「今日は博士に合わせてエレガントに決めたつもりだったのですが、野暮ったかったでしょうか。」
 メガネグリーンが自分の服を摘まみながら呟く。シンプルなジャケットにジーンズというセンスは悪くない。元が良いこともあるが、スペシャル眼鏡は渋めの緑色をした細いハーフリムフレームの眼鏡に変形し、優等生とされていた幸秀のインテリ風味を更に増加させ、かっこ良く決まっていた。意外な本性さえ知らなければ、孝志が大いに手本にしたいタイプだ。
「服装の問題でもない。」
 アヤはむすっとした調子で言い、ティーカップを手にした。アヤの素っ気ない態度に、メガネグリーンは意気消沈した表情を見せる。
「ここには華がないのだ!」
 アヤはバシンと両手の拳をテーブルに打ちつけ、繊細な装飾を施されたティーカップが跳ねた。
「じゃあ、スーパー巫女キララちゃんのフィギュアでも置くのはどうでしょう? ミラクル天使ウララちゃんもいますけど?」
 メガネイエローが瞳を輝かせながら、足元に置いていたリュックサックを広げた。
「置かん!」
 アヤが文字通りメガネイエローを一蹴し、メガネイエローはフィギュア入りの大事なリュックサックを抱えたまま床に転がる。アヤの変人ぶりに大いに悩まされている孝志だったが、今回の判断に関してはアヤが正しいと孝志にも思えた。
「博士の言う通りだ。そんなフィギュアなど眼鏡戦隊グラッシーズの秘密基地には相応しくない!」
 メガネグリーンが拳を握り締めて力強く声を上げる。
「そうだ! どうせフィギュアを置くなら博士の等身大フィギュアにすべきだ!」
 メガネグリーンの台詞に応じたのは、いつの間にか悔しさの底から這い上がったメガネブルーだった。突如湧き出たメガネブルーと、その珍妙な台詞内容に、一瞬、その場が静まり返る。妙な沈黙を破ったのはメガネグリーンだった。
「素晴らしいアイディアだ、メガネブルー!」
 メガネグリーンは、メガネブルーに駆け寄って手を取るときらきらと瞳を輝かせた。
「グラッシーズには博士と言う素晴らしい華があるのだ。今のままでも十分華やかだが、更なる華が必要と言うなら博士を増やす以外に道はない!」
「どうせなら等身大ポスターも作った方が良いんじゃないかな。等身大フィギュアは場所を取るから、狭い場所にはポスターの方が良いよ。」
 アヤの蹴りを食らって倒れていたはずのメガネイエローもいつの間にか立ち上がって二人の輪に入る。
「そうだな。あと、日夜博士と一緒にいられるように定期サイズのカードも欲しい。」
 三人はそれぞれ楽しそうに意見を出し合い、盛り上がった。そんな様子を孝志は呆れながら見、話題に上っている当の本人は拳を握り締めながらわなわなと震えていた。
「こんの変態どもがぁ!」
 三人の輪に突っ込んだアヤが見事な回し蹴りを披露し、三人はそれぞれ三方へ散る。
「お見事。」
 小さく呟き、孝志は指先だけで拍手を送った。変人ばかりに囲まれていると、時に変人の行動が通常人の行動に思えることもある。
「全く、どうしようもない奴らだ。」
 アヤはぶつぶつ文句を言いながら、気を失って床に倒れているメガネグリーンの側へ近付き、白衣のポケットから取り出した機械をメガネグリーンの眼鏡に接続した。いつもの通信機とは形が違う。
「それ、何ですか?」
「眼鏡本体の機能に組み込むだけでは洗脳りょ……いや、能力が弱いんでな。接続タイプの新機能として取り付けることにしたオプションだ。」
 メガネグリーンの眼鏡に取り付けた機械と同じものをメガネブルーやメガネイエローの眼鏡にも装着しつつ、アヤは答えた。明らかに「洗脳」と口にしたが、そこにはあえて突っ込まないのが危難を避けるための唯一の方策だと孝志は学習していた。アヤが洗脳力を能力と言い換えたのは、それなりに体裁を気にする一般常識を身に付けているということだから、アヤの余計な怒りを買わなければそれなりの待遇が保証されると考えて良い。
「まあ、今のところ、メガネレッドには必要のない機能だ。」
 アヤはにこりと笑みを見せた。今のところということは、いつか必要になる場合もあるかもしれないということで、孝志は何としてでもアヤの怒りを買わないよう気を付けなければならないと肝に銘じながら、引きつった笑みを返した。

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