ここち

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突撃! Glasses

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第五話 優しいピンクで包み込め! ―― (2)

 「とにかく、華が必要だ。」
 作戦会議用テーブルを囲んで、アヤが言った。意識を取り戻した三人も大人しくテーブルに着いている。
「駅前の花屋で買ってきましょうか?」
 メガネブルーが大真面目な表情で申し出た。
「その花ではない! 花瓶が倒れて機械を濡らしたらどうするのだ。この秘密基地は床にもコンピュータが埋め込まれているのだ。」
 アヤがむすっとした表情でテーブルを叩く。このテーブルにもコンピュータが埋め込まれているはずだが、先ほどテーブルを叩いて紅茶を零しそうになったのはどこの誰だなんて追及はしない方が良いのだろう。孝志はぼんやり思考を巡らしつつ、ただ黙って会議の行く末を見守っていた。
「衣装を派手にするとか……。」
「服装の問題ではないと既に言ったはずだ! 必要なものは分かっている。」
 アヤはメガネイエローの発言を今度は文字通りではなく一蹴して、再びテーブルを叩く。
「分かっている……というと?」
「必要なものとは何ですか!?」
 メガネブルーとメガネグリーンが身を乗り出してアヤに問うた。
「新メンバーだ!」
 アヤが勢い良く立ち上がり、キャスターの付いた椅子はころころと床を転がって、モニターの下にある巨大コンピューターにガツンと音を立ててぶつかる。思いの外大きな音にアヤは顔を顰めつつ、コホンと一つ咳払いをして言葉を続けた。
「戦隊ヒーローには紅一点が必要なのだ!」
 アヤの言葉に、孝志を除いたグラッシーズメンバーが「おお!」と声を上げる。
「紅一点と言うと、女性メンバーですね。」
「女だ!」
「女の子かあ。」
 それぞれ嬉しそうな表情を見せるが、孝志はむしろ憂鬱になった。まともな女の子が自ら望んでこの阿呆な集団の仲間になりたいと思うはずもない。仮に思ったとしても、それはもはやまともな女の子ではない。アヤのような、あるいはアヤよりもひどいかもしれない女の子ならいない方がマシだ。
 これまでのようにアヤが突撃勧誘を試みるなら、女の子の前で眼鏡戦隊グラッシーズなどという阿呆な戦隊名を名乗ってヒーローポーズを決めなくてはならなくなる。ただでさえ冴えない大学生なのに、これ以上馬鹿なことをして軽蔑されるのは御免だった。
「静かに! 大概の戦隊物のメンバーは五人である。そこで、我々グラッシーズは記念すべき最後のメンバーとして、彼女を新メンバーに迎えようと思う!」
 アヤは両手でテーブルを叩き、宣言する。同時に、孝志の脳裏に嫌な予感が浮かんだ。彼女と言うからには既に個人は特定されているはずで、話し手自身だけではなく、話す相手も既知の人間を指して「彼女」あるいは「彼」と呼ぶのが普通ではないだろうか。アヤにとっても既知で、他のメンバー、もちろん孝志にとっても既知の女の子と言ったら該当者は多くない。
「彼女ってまさか……。」
「おお、随分と察しが良くなったな、メガネレッド。もちろん彼女のことだ。」
 孝志が思わず漏らすと、アヤはにやりと笑みを見せて巨大モニタに近付いた。アヤが手元の機械を操作すると、巨大モニタには隠し撮りらしき一枚の写真が表示される。そこに映っているのは間違いなく孝志が思いを寄せる松原優里その人だった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 松原さんを仲間に入れるんだったら今まで秘密裏に活動してきた意味がないじゃありませんか!」
 孝志はがたんと音を立てて椅子から立ち上がる。最大の問題は自分がこの阿呆な犯罪予備軍どころか明確に犯罪者集団となっている自称戦隊ヒーローの仲間だということがばれることだが、それを正直に口にしたらアヤの怒りを買うことは間違いない。そもそも、盗聴を犯罪だということにアヤは納得しないだろう。
「松原さん? 誰の話だ? 私が新メンバーにしようと思っているのは彼女のことだぞ?」
 振り返ったアヤはきょとんとした表情で言い、再び孝志に背を向けて手元の機械を操り、巨大モニタに映った写真をトリミングして拡大表示した。アップで映し出されたのは優里ではなく、その隣で笑顔を見せている優里の親友、佐竹鈴子だ。
「な……彼女!?」
 唖然として孝志はモニタを見つめた。優里じゃなくて一安心と言いたいところだが、優里の親友である鈴子を仲間に入れば、鈴子を通じて優里に話が漏れる可能性は高くなる。幸秀をメガネグリーンとして迎えたこともその点で大いに問題だったのだが、実は、入隊後のメガネグリーンが優里や鈴子とどんな関係を築いているのか孝志は知らない。ただ確かなことは、ここ数日、孝志は大学のキャンパスで女子学生に囲まれている幸秀を見たことはないということだ。代わりに、日々せっせとアヤに尽くしているメガネグリーンには嫌と言うほど会っていた。アヤの命令で孝志はもちろん、メガネグリーンもグラッシーズの活動もといアヤのための雑用に追われているから、大学生活から強制的に離されて優里や鈴子ともまともに会ってはいないのかもしれない。
 孝志も、あれ以来、まともに優里と会ってはいない。キャンパス内で優里の姿を目にすることは何度もあったのだが、できるだけ顔を合わせないように姿を隠していた。なぜなら、孝志の周りには常に孝志をリーダーと慕うグラッシーズのメンバーがいたからである。眼鏡の変な集団をこれ以上優里に印象付けることなく、優里がその存在をすっかり忘れるまでは、できれば顔を合わせたくなかった。優里から姿を隠す孝志を見て、メガネブルーやメガネイエロー、そしてメガネグリーンまでもが遠くから優里を警護しているのだと勘違いしてくれたのが良かったのか悪かったのか、度々ストーカーまがいのヒーローごっこが始まってしまうために、孝志は常に気を抜くことができなかった。彼らが何を危機と解して躊躇うことなく飛び出して行くか分からなかったからだ。優里を警護のためと称してストーキングする三人を関するため、孝志までもが度々ストーカーまがいに優里を尾行する羽目になってしまった。
「なるほど、佐竹さんか。良いアイディアですね。」
 メガネグリーンが呟く。
「どこが良いアイディアなんだよ! 彼女にばれたら松原さんにだって……。」
 孝志が思わず声を上げると、メガネグリーンはくいとブリッジを支えて眼鏡を持ち上げた。
「逆の発想ですよ。」
 メガネグリーンは笑みを見せて口を開く。
「こちらからの情報が漏れやすくなるというリスクはあります。でも、こちらも向こうの情報は得やすくなる。彼女の趣味嗜好が分かれば、恋愛成就の法則も立てやすくなります。」
「そうだな。同じ女子大生なら色々参考になる意見が聞けそうだ。」
 メガネブルーも納得した様子で大きく頷いた。
「さすが博士です。」
 メガネグリーンがしつこくアヤを持ち上げ、アヤも満足そうな笑みを見せる。
「そういうことだ。メガネレッドの恋愛成就にとって佐竹鈴子は最適の人材! 同時に、世界平和にとっても松原優里のピンチにすぐに対応できる戦士がいると言うのは心強いだろう。」
「素晴らしいお考えです、博士!」
 メガネグリーンが拍手をしながら言い、メガネブルーも慌てて力いっぱいに手を叩いた。メガネイエローだけが、先ほどから無言のままじっとモニタ画面を見つめている。
「で、でも……黄色いの……いや、メガネイエローも反対のようですけど……。」
 孝志は一縷の望みを託しつつ、メガネイエローに話を振った。
「ん? メガネイエローが? 私の理論に反対なのか?」
 アヤがむっとした表情でメガネイエローを見る。突然、話を振られたメガネイエローはおどおどと辺りを見回した後、口を開いた。
「一つ質問なのですが……。」
「何だ?」
「もし、鈴子ちゃんがグラッシーズのメンバーになったら……。」
 メガネイエローはそこで一旦言葉を切った。アヤの威圧的な視線に気圧されたらしい。
「その、鈴子ちゃんにミラクル天使ウララちゃんのコスプレを頼んでも良いでしょうか。」
 メガネイエローはおずおずと口にした。たっぷりお肉の付いた手は、ミラクル天使ウララちゃんらしい美少女フィギュアを包んでいる。ツインテールで明るく笑う美少女は、何となく鈴子に似ていないこともない。
 孝志は頭を抱えながらため息を吐いた。メガネイエローが鈴子にコスプレを頼むのはメガネイエローの勝手だ。メガネイエローの頼みごとを受け入れるか否かは鈴子次第であって、メガネイエローの質問は、本来この場で尋ねるべきことではない。もちろん、ただでさえ変人集団なのにコスプレを頼んだりしたら、不審に思った鈴子が優里に相談する可能性は高く、それによって孝志が変人集団の一員であることまで分かってしまうということは問題だが、鈴子をメンバーに入れるという時点でそのリスクは大いに高まっているから、もはや多少のリスクアップは問題にならないだろう。
「うむ、許可しよう。何しろ仲間になるわけだからな。仲間の頼みを聞くのは当然だ。」
 アヤは少し考える素振りを見せた後、真面目な顔で頷いた。アヤが承認すれば、メガネイエローの願いは簡単に叶えられるだろう。アヤがその気になれば鈴子のメガネに洗脳機を接続して、メガネイエローの望み通りのコスプレをするよう命ずることができるはずだ。アヤのこの反応を想定した上で、メガネイエローがこの質問をしたのだとしたら、メガネイエローもメガネグリーンに劣らぬなかなかの策略家だ。
 アヤがあっさり承認を出したことは孝志にとって些か意外でもあったが、アヤは眼鏡戦隊グラッシーズが成立すれば、それ以外のことにはあまり興味がないのかもしれない。自分に被害が及ばなければ悪事も何ら躊躇いなく承認しそうだ。
「よし、決まりだな。早速、この女を探し出してメンバーに入れてやろう!」
 メガネブルーが立ち上がって言った。入れてやろうという言い回しは明らかに上から見ているが、メンバーになるか否かの選択権は鈴子にあるべきだし、普通は入れてやろうと言われても入りたくないのがこの眼鏡戦隊だ。
「今日は日曜だから、自宅でしょうか。」
 メガネグリーンも立ち上がる。
「いや、今は駅前のショッピングセンターにいる。アクセサリーを見ているようだな。」
 アヤは手元の機械を操り、モニタに地図を表示させながら言った。地図中の点滅する赤い点が鈴子の位置なのだろう。いつの間にか、アヤは優里だけではなく鈴子にも発信機を付けたらしい。モニタ上の地図ではどの売り場にいるのかまでの詳細な位置は分からないから、アクセサリーを見ているというアヤの推理はたぶん、発信機と一緒に仕掛けられた盗聴機によるのだろう。
「ようし、眼鏡戦隊グラッシーズの出動だ!」
 メガネブルーが拳を掲げて言い、メガネイエローとメガネグリーンもそれに続く。孝志はアヤの視線が自分へ向くことに気付くと、仕方なく立ち上がって拳を掲げた。
「博士はどうしますか?」
 地下室の入り口へ向かったメガネグリーンがアヤを振り返る。
「私はここから指示を出す。指令はメガネレッドの通信機に送るから、皆はメガネレッドの指示通りに動くように。」
 アヤはにやりと孝志へ笑みを見せた。指示がメガネレッドの通信機へ届くのは、他のメンバーの通信機が現在洗脳機に変更されているからに違いない。孝志は表情を引きつらせつつため息を吐き、勢い良く地下室を飛び出していく三人を追い掛けた。
「待て、メガネレッド!」
 地下室を出ようとした孝志を、不意にアヤが呼び止めた。
「これを持って行け!」
 声と共に、アヤはぽーんと円筒形の何かを孝志の方へ放り投げる。孝志が慌ててそれを受け取り確認すると、眼鏡ケースらしい。中身は問うまでもなく、鈴子用のスペシャル眼鏡だろう。
「健闘を祈る!」
 アヤの笑顔とは対照的な疲れた表情を見せ、孝志は地上へ続く長い階段を駆け上がった。
 間もなく、徒歩で駅前へ向かったグラッシーズは、へとへとになってショッピングセンターのアクセサリー売り場へ辿り着いた。途中、アヤから鈴子が別の売り場へ移動したという連絡も入ったが、結局、鈴子は再びアクセサリー売り場に戻ったらしい。聞くところによると、鈴子はデザインの気に入った一つのペンダントを買うか買わないかで迷い続けているそうだ。
「佐竹鈴子はどこだ!?」
 メガネブルーが大袈裟な動きで警戒するように辺りを見回す。
「どうしたら良いと思うー? デザインはすっごい気に入ったんだけど、予算オーバーなんだよ。」
 不意に甲高い声が聞こえて振り向くと、鈴子が携帯電話を耳に当てながら話していた。孝志は反射的に棚の陰に姿を隠し、他のメンバーもそれに倣う。男が四人も揃って棚に姿を隠していると、隠れているつもりが余計に目立つような気もしたが、とりあえずターゲットである鈴子はまだこちらに気付いていないらしい。
「どうしたんすか、リーダー。あれが佐竹鈴子でしょう? 捕まえなくて良いんすか?」
 棚の陰に姿を隠しながら、メガネブルーが孝志に問う。
「まずは様子見をしようってことでしょう。」
 答えに迷った孝志をメガネグリーンがフォローしたが、結果的にフォローになっただけで、孝志の心内を思って気を遣ってくれたわけではないだろう。孝志は無言のまま鈴子を見つめた。
「さっき写メした奴、可愛いでしょ? ねえ、優里はこれ、買いだと思う?」
 鈴子の口から出た名前に、孝志はびくりと身体を震わせる。鈴子の電話の相手は優里なのだ。鈴子が買い物に迷って親友の優里に相談するというのは自然なことだが、これは孝志にとって都合の良いことではない。今この場に優里が一緒にいるよりはだいぶ有利な状況だが、電話が終わるまでは鈴子に近付かない方が無難だろう。尤も、孝志には初めから電話中の鈴子を掻っ攫おうなどという考えはなかった。メガネブルーなら遠慮なくそれをしそうだが、少なくとも今はまだアヤの指示さえ出ていない。
「うーん、やっぱり? ちょっと高いんだよねえ。今月、洋服も買っちゃったし。バーゲン待とうかなあ。」
 鈴子は残念そうな表情でトーンを落とした会話を続け、間もなく、ため息を吐きながら電話を切った。鈴子の決断を待っていたらしい店員ががっかりした様子で肩を落とす。
「ごめんなさい。もう少し考えてみます。」
 鈴子が振り返ると、店員はにこりと笑みを見せた。
「はい、ぜひ。またのご来店をお待ちしております。」
 店員は疲れた表情を上手に隠し、鈴子を送り出す。鈴子は携帯電話を手にくるくるとストラップを回しながらアクセサリー売り場を離れた。
「行きますか!?」
 メガネブルーが待ちきれないという様子で孝志に問う。せっかちな性格らしい。
「うん。」
 孝志は「追いかけろ。」というアヤの支持を受け、頷くと同時に退屈そうに歩いていく鈴子をゆっくりと追い掛けた。
「佐竹さん。佐竹鈴子さんですよね?」
 ショッピングセンターを出たところで、孝志はアヤの指示通り、鈴子に声を掛けた。アヤの指示は「捕まえろ。」だけだったのだが、いきなり掻っ攫うわけにもいかない。何しろ場所が駅前だ。はす向かいには交番もある。誘拐罪で現行犯逮捕という事態は避けたかった。
「え?」
 鈴子がきょとんとした表情で振り向く。
「……あれ? あ、この間の良い人そうな変人!」
 振り向いた鈴子は孝志を指差して叫んだ。「良い人そうな」はたぶん以前、優里と鈴子がナンパ男のメガネブルーに絡まれているのを助けた時の記憶があるせいだろうが、やはり「変人」と記憶されていたことに孝志は大いに傷付いた。
「あ、あの時のナンパ男もいる! っていうか、そっちの人、幸秀君? そのデブも何かこないだ大学にいたような……。」
 鈴子の正確な記憶に孝志が焦っていると、アヤからの指示が届く。
「早く勧誘しろ!」
「……と言われても……。」
 孝志が果たしてどう切り出そうかと迷っていると、鈴子が質問を返してきた。
「みんな揃って眼鏡掛けて何やってるのー? 最近の流行?」
 鈴子は首を傾げながら問う。視線はメガネグリーン――幸秀に向いていた。
「まあ、一種の流行だろうね。でも、この眼鏡は単なるファッション・アイテムではないんだよ、佐竹さん。」
 メガネグリーンが柔らかな口調で答える。
「そう、この眼鏡は我らが偉大な司令官にして天才科学者、神宮寺アヤ博士の開発したスペシャル眼鏡だ!」
 メガネブルーが叫んだ。
「スペシャル眼鏡ぇ?」
 鈴子は怪訝そうに首を傾げる。
「この眼鏡を掛ければどんな不細工でも美人になり、どんな低能人間でも優秀になる! 隠れた機能も満載の素晴らしい眼鏡なんだ!」
 メガネイエローが説明する。
「優秀になるの? もしかして幸秀君が頭良いのもその眼鏡のせい? でも、幸秀君、これまで眼鏡なんて掛けてなかったよね?」
 鈴子が首を傾げつつ、考え込む。
「例のものを出せ、メガネレッド。」
 通信機から聞こえて来た声に、孝志は慌ててアヤから預かった眼鏡ケースを上着のポケットから取り出した。
「もし興味があったら、これ、掛けてみない?」
 孝志は眼鏡ケースを開けて鈴子に差し出した。中身はピンク色のフレームの眼鏡だ。
「えー? なんかこれ、ダサくない? 真ピンクのフレームってちょっと有り得ない。」
 笑いながら声を上げた鈴子に、孝志も心の中では同意していた。ピンクのプラスチックフレームの眼鏡はどう考えてもコント用だ。
「っていうか、私が欲しいのは眼鏡じゃなくてペンダントだし。これじゃあ売っても大して儲かりそうにないし、要らなーい。」
 鈴子はけたけたと笑いながら背を向けて歩き出した。
「待て、佐竹鈴子!」
 孝志がアヤの指示通りに通信機のボタンを操作すると同時に、けたたましい音量でアヤの声が街頭に響いた。
「少し音量を落とせ、レッド。」
 続いたアヤの指示を待つまでもなく、孝志は通信機のボリュームをいじる。通信機にはスピーカー機能が付いており、アヤの声はそのスピーカー機能を通じて路上へ放たれた。
 突然響いた声に通りすがりの人々の視線が集まり、鈴子も驚いた表情で振り返る。
「何?」
「佐竹鈴子、そのピンクの眼鏡を掛けろ。」
 アヤが通信機を介して言う。孝志は声の主が自分ではないことを説明するために、視線を向けた鈴子に通信機を示しつつ、左右に首を振った。鈴子は不審そうな表情で近付いてくると、孝志が左手で掲げた通信機を睨み付け、それから孝志の右手の上にある眼鏡を見つめた。
「早く掛けろ。」
 通信機から聞こえる命令口調に鈴子は不愉快そうな表情を見せたが、少しは興味が湧いたのか、ピンクの眼鏡を手にとって掛けた。同時に、短い悲鳴のような声を上げる。
「これっ、どういう仕掛け!?」
 鈴子の驚いた声に、通信機からアヤの笑い声が漏れた。
「お前の欲しいペンダントはそれだな?」
「うんうん。そう、これ。何で眼鏡に映ってんの? 手品? 予知能力?」
 アヤの問いに、鈴子は興奮した様子で頷きながら答える。どうやら、眼鏡のレンズに先ほど鈴子が買うか否か迷い続けていたペンダントが映っているらしい。
「眼鏡のモニタ機能を利用して画像を送信しているのだ。お前がもしこのペンダントが欲しいというのなら、私が用意してやっても良い。」
 アヤが言った。アヤのことだから物で釣るくらいは今更驚くまでもないが、アヤが自己の負担でもって他人にプレゼントをすると言うのはいくら新メンバー獲得のためでも不自然だった。
「本当に? 買ってくれるの?」
 鈴子は喜々とした声を上げる。
「買うのではない。あんなものは所詮メッキの金属だ。金属の加工くらいなら私の開発した装置でいくらでも自由にできる。見本があればコピーの作成など一分と掛からん。」
「じゃあ、ハート型とか星型とかも作れる?」
「当然だ。」
「すっごーい。」
「だか、これはあくまでもお前が眼鏡戦隊グラッシーズの一員として正義のために戦うことが条件だ。お前がメガネピンクとして正義のヒーロー、いや正義のヒロインになると約束しない限り、私はお前のためにくだらない工作をするつもりはない。」
 アヤはきっぱりと言い切った。
「正義のヒロインかあ。なんか良く分からないけど、ペンダント作ってくれるならやっても良いかなあ。それ、幸秀君も一緒なんだよね?」
 鈴子は唇に指先を当てながら考える素振りを見せた後、幸秀に向かって問い掛ける。幸秀が頷くと、鈴子は安心した様子で笑みを見せた。
「佐竹鈴子、正義のヒロインになりまーす!」
 片手を上げてあっさり宣言した鈴子に、孝志は本当にそれで良いのかと問い掛け、眼鏡戦隊グラッシーズの実態を事細かに説明してやりたかったが、優里の親友である鈴子に自分たちの変人振りを披露して自らを窮地に陥れる必要もない。どうせ近い内に気付くことなのだろうが、メンバーに入って眼鏡を掛けてしまえば洗脳機で何とかしてもらうこともできる。段々自分の発想がアヤに近付いてきていることを危惧しつつ、孝志は大きくため息を吐いた。
「ようし、今日からお前はメガネピンクだ!」
 通信機を介してアヤが言い、他のメンバーも新たなメンバーとなった紅一点に歓迎の言葉を掛ける。
「よろしくお願いします、リーダー!」
 鈴子――メガネピンクが孝志に向かってにこりと微笑み、孝志は悪い気はしなかったものの、グラッシーズのメンバーに入った以上は鈴子も阿呆と考えざるを得ないのだと孝志はため息交じりの笑みを返した。
 かくして、眼鏡戦隊グラッシーズは紅一点としてメガネピンクを迎え、ここに五人のメンバー全てが揃うこととなった。

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