ここち

HOME >> 長編・シリーズ小説 >> 突撃! Glasses >>

突撃! Glasses

前頁 - 次頁

第六話 白黒付けろ! ―― (1)

 華がない。
 これが鈴子を眼鏡戦隊グラッシーズに勧誘した理由だったはずだ、と柳瀬孝志は心の中で確認した。鈴子をメンバーに迎えた今、秘密基地である地下室のむさ苦しさは解消していなくてはならない。
 しかし、現実は……と、孝志は地下室の現状を眺めながらため息を漏らした。
 確かに、以前に比べたら人数が一人増えた分、室内は賑やかになったような気がする。相変わらず、メガネブルーとメガネグリーンはメガネピンクが持ってきたパウンドケーキを切り分けてアヤに届ける役目を担うのはどちらかという点で揉め、メガネイエローはせっせと裁縫に励み、メガネピンクが横からそれに口を出す。アヤはコーヒーを飲みながらメガネイエローが持参した脳力トレーニングのゲームを奪い、本気でのめり込んでいた。
 メガネイエローが裁縫を得意としていたのは意外な事実だったが、決して取れたボタンの取り付けをアヤから押し付けられたというわけではない。いや、確かにそんな命令も下ってはいたはずだが、現在、メガネイエローがせっせと縫い上げているのはコスプレの衣装である。ミラクル天使ウララちゃんの最新コスチュームらしい。メガネイエローはグラッシーズに入隊したメガネピンクに早速ウララちゃんのコスプレを頼み、どういうわけかメガネピンクはあっさりそれを了承してしまった。
 髪の毛を頭の高い位置で左右で二つに結んで毛先はくるりとカールさせ、ふわふわした生地のタートルネックにピンクのリボンが付いたスカート。背中には天使の羽が付いた小さなリュックサックを背負っている。メガネピンクの関心を引いたのはその天使のリュックサックだったらしい。
「チョーカワイイ!」
 ウララちゃんの最新コスチュームが半ば形になって、広げられたワンピースにメガネピンクが歓声を上げた。
「後は、襟元にレースを付けたら完成だよ。」
 メガネイエローが得意気に言い、メガネピンクはうっとりと純白のワンピースを見つめる。以前から、メガネピンク――鈴子は、ひらひらした服を着ていることが多かったし、鞄に小さなうさぎのぬいぐるみをぶら下げるような女の子だったが、こんなにもメガネイエローの手作り衣装に感動しているのはスペシャル眼鏡、またの名を洗脳眼鏡のせいに他ならない。
 至って賑やかな地下室の片隅で、孝志はむしろ悪化したとしか思えない秘密基地の混沌ぶりに頭を抱えた。
 すっかりコスプレにはまったメガネピンクは、グラッシーズに華を添えるどころか、変人集団を余計に変なものと変えている。謎の機械がひしめく薄暗い地下室で、ひらひらの服を纏った女の子がにこにこしているなんて、どう考えても釣り合いが取れない。はっきり言って、気味が悪い。眼鏡の男が四人と白衣姿の自称科学者だけの時の方がまだ統一感があったような気がする。
 女の子が一人加わったくらいでグラッシーズの変人ぶりがまともに戻るとは孝志とて端から期待してはいなかったが、ここまで居心地の悪い空間が出来上がるとも考えてはいなかった。
「くそっ! この機械は壊れているぞ! そうだ、そうに違いない! 分解して私がより高性能に作り変えてやる!」
 怒りの声と共に席から立ち上がったのはアヤだ。先ほどからなかなか思い通りに行かないゲームについに堪忍袋の緒が切れたらしい。アヤの実年齢がいくつかはっきりとは知らないが、脳年齢が八十八と出れば怒り出すのも無理はない。
「米寿だな……。」
 垣間見えたゲーム画面の表示を確認して、孝志は思わず声を漏らした。アヤの耳に届けば制裁が下るのは間違いないが、幸いにも、ゲーム機に向かって憤りをぶつけているアヤは背後の孝志に関心を払う余裕はないらしい。テーブル周りのパネルを手早く操り、分解道具のドライバーを手にしている。
「は、博士? そのゲーム機、僕のなんですけど……。」
 メガネピンクの褒め言葉に気をとられていたメガネイエローがアヤの異変に気付いて恐る恐る声を掛けた。
「すぐに次世代型ゲーム機に改良してやる。有り難く思え!」
 アヤは既に本体裏面のネジを回し始めていて、メガネイエローは制止をすることもできず、ただ呆然とアヤの作業を見守るしかない。ゲーム機は瞬く間に見るも無残な部品の山と化した。それでもメガネイエローは一切の文句を発しないが、せっかくのゲーム機を台無しにされた戸惑いの表情は哀れだ。
 アヤがこれから一体どういう風にこのゲーム機を使える機械に修復するのか、孝志とメガネイエローが不安な表情で見守る中、異変は起きた。
 ――ビーッビーッ。
 警告音と共に部屋の中を赤い光が照らす。
「緊急指令、緊急指令!」
 優里の家に取り付けられた例のストーカーアイテム――入退室監視センサーが反応したらしい。
「松原さんに何かあったの?」
 メガネブルーとの戦いに勝利し、お皿に載せたケーキを運んで来たメガネグリーンがモニターを見上げながら呟く。メガネブルーは、例によって例の如く激しく落ち込んでいたが、緊急事態に何とか気を奮い立たせて立ち上がった。
「グラッシーズの出番ですね、博士!」
 メガネグリーン以上の活躍で名誉挽回のチャンスと見たのだろう。メガネブルーは嬉しそうな笑顔をアヤへ向けた。優里に危険が迫っていると聞けば孝志もぼうっとしてはいられないが、このセンサーは優里が出掛ける度に反応する。今回の緊急指令もどうせ買い物へ出掛ける優里の警護という名のストーカー行為なのだ。
「まあ、慌てるな。」
 モニタの前で機械を操作しながら、アヤが落ち着いた声で答えた。モニタには優里の部屋の玄関付近に仕掛けられた監視カメラの映像が映り、拡大される。画面中央に大きく写っているのは緑色のキャップを被った男の姿だが、キャップに記されたロゴマークは孝志にも見覚えがあった。某運送会社のものだ。要するに、宅配便が届いて玄関が開いたためにセンサーが反応したのだろう。いや、あのセンサーは単に扉の開閉をチェックするだけでなく、玄関付近の人間の体温や呼気に反応するシステムも備えているとアヤは説明していた。いずれにしても、宅配便ならグラッシーズがしゃしゃり出ていく理由はない。
「メガネレッド、犯人はお前か?」
 突然、アヤが孝志を振り返った。
「は?」
 いきなり犯人呼ばわりされて、孝志は意味が分からず聞き返す。
「よく見ろ、この宅配便の内容を。生花とある。」
 男が抱えている箱の映像が拡大表示され、そこに貼られた伝票には確かに「生花」と書かれていた。
「ずいぶん大きな花束ですね、箱のサイズからすると。」
「鉢植えなんじゃないか?」
「それは無理だと思うな。あんな横長の箱に鉢植えは入らないよ。鉢植えを横向きにしたら土がこぼれる。小さな鉢植えをいくつか並べている可能性もあるけど、それならあの配達員はあんなに軽々と箱を抱えてはいられないだろうね。」
 メガネグリーンの名推理に、メガネブルーは不満そうな表情でメガネグリーンを睨み付ける。
「お前が送り主か?」
 アヤが改めて孝志に尋ね、孝志はやっと質問の意図を理解した。しかし、孝志には全く心当たりがない。孝志が首を左右に振ると、アヤは顎に手を当てながら、ふむ、と考え込んだ。
「妙だな。」
 アヤの呟きに、孝志はもちろん、グラッシーズの面々がそれぞれ首を傾げる。グラッシーズの反応に気付いたのか、アヤは質問が返るのを待つことなく、口を開いた。
「私の調査によれば、松原優里の誕生日はとっくに過ぎている。和楽器サークルの発表会も次回はだいぶ先。今の松原優里に花を贈られるような理由はないはずだ。」
 言われてみれば、そうだ。何でもない日に突然花を贈ってくる人間とは一体何者なのか、優里とどういう関係にあるのか、優里に想いを寄せる一青年として、孝志も関心を強めるところだ。
「送り主の名前は? 拡大できないんですか?」
 メガネグリーンはケーキをテーブルの上に置き、アヤに近付きながら孝志の代わりに問い掛ける。
「花野王子……?」
 送り主欄が拡大されると同時に、アヤはそこに書かれた名前を読み上げた。
「何だよ、そのふざけた名前。」
 メガネブルーの呆れた声に、孝志も納得する。
「偽名かもしれないよね。」
「あ、もしかしたらこれ、あいつかも……。」
 メガネイエローの言葉に、メガネピンクがはっと息を呑んだ。
「あいつ? 心当たりがあるの?」
 孝志がメガネピンクを振り返って問うと、メガネピンクは不安な表情でゆっくりと頷く。優里の親友であるメガネピンクなら、優里に花を贈ってくる人間を知っていてもおかしくはない。メガネピンクをメンバーに迎えたもう一つの理由は、保護対象である優里に関する情報が入手しやすくなるだろうという期待だった。華を添えるという目的にはほとんど効果がなかったと言っていいメガネピンクだが、情報に関しては確かに意味があったのかもしれない。
「優里、最近誰かにつけられてるみたいって言ってたんだよ。ストーカーかもって気にしてて、私はグラッシーズのみんなが守ってるから心配ないって思ってたんだけど、もしかするとあの花、優里のことをつけてるストーカーが送って来たのかも! こないだテレビでそういうの見たもん。最初は薔薇の花が贈られてくるんだけど、それが段々と嫌がらせじみたものになってきて、最後には黒い百合が贈られてきて、女の子は殺されちゃうの!」
 メガネピンクは自分の身体を抱き締めながら悲鳴を上げた。一体それは何年前のホラー映画かと突っ込みたいが、問題はそこではない。
「優里ちゃんが誰かにつけられてるみたいって言ってたの、本当なの?」
 メガネイエローが床にうずくまっているメガネピンクに尋ねる。
「うん。」
「うんって、どうしてそれを早く言わなかったんだ!」
 孝志は思わず声を荒げた。優里がつけられているらしいという情報が入ったのはありがたいが、メガネピンクはもっと早くにこの情報を伝えるべきだった。そうでなければ、メガネピンクをメンバーに入れた意味がない。
「だって、優里が出掛ける時はほとんどグラッシーズのメンバーが交代で見守ることになってたでしょ? だから、心配しなくても大丈夫だと思ったんだよ。優里の部屋はここでちゃんと監視もしてるわけだし。」
 メガネピンクの言い訳で、孝志はあることに気が付いた。優里がストーカーに遭っていると聞いてつい冷静さを失ってしまったが、落ち着いて考えれば答えは簡単だ。優里がつけられていると感じたのは、ストーカーでも何でもなく、いや、実態を取れば確かにストーカーなのだが、孝志が心配するべき類のものではなく、優里が「つけられている」と感じたのは警護と称したグラッシーズの尾行のせいに違いない。
「それで? そのつけられているというのはいつ頃からだ?」
 アヤがメガネピンクに問う。
「最近だよ。一週間くらいかな?」
 明らかに孝志がアヤの命令で優里の尾行を開始した後のことだ。最近は特に、グラッシーズのメンバーが増えて尾行の人数も回数も増えたから、優里には気付きやすくなっただろう。
「ふむ、少し警護を強化しなくてはならんな。」
 アヤの答えは孝志の考えの真逆を突くものだった。グラッシーズによる尾行に優里が気付いているのだとしたら、正体がばれる危険を避けるためには尾行の回数を減らさなくてはならない。それを警護を強化するだなんて……。
 アヤの考えていることは何となく分かったが、孝志はそれを指摘するべきか否かしばし迷った。アヤの意見に反論が上がらないところを見ると、たぶん、他のメンバーは誰一人気が付いていないのだ。まさか自分たちの行為が優里にはストーカーのように思われる行為などとは微塵も思っていないのだ。もしそう思っていたなら、そもそもこんな阿呆なことに付き合ってはいないだろう。
「よし、今日から監視カメラで二十四時間態勢の監視をする! 異変があればすぐに出動できるよう皆にはここで寝泊りしてもらうことにしよう。」
 アヤが立ち上がってそう宣言した。拒否権はない。
「泊り込みか! いつでも任せてください、博士!」
 メガネブルーが嬉しそうに声を上げた。二十四時間、アヤと一緒にいられることがメガネブルーには至福なのだろう。
「何だか合宿みたいだね。」
 メガネピンクも楽しそうにメガネグリーンとメガネイエローに微笑み掛ける。孝志にとって、ストーカーごっこのために一日中拘束されることは大いに不愉快だったけれど、例えここを離れたとしても眼鏡の通信機能や位置確認機能、電流発生機能などを通して一日中アヤの拘束を受けることには変わりない。ストーカーが自分たちだとしても、花の送り主に関する情報は孝志にも興味のあるところだったから、孝志は大きなため息を漏らしつつも反対の声は上げなかった。反対すればどうなるかは痛いほど、実際に物理的痛みを感じるほどに何度も味わっていた。
「ちょうど、先日の改装で仮眠室を増築したのだ。皆にはそこで寝てもらうことになる。」
 アヤが操作パネルをいじると、地下室の隅の機械がずずずと音を立てて壁に吸い込まれ、機械のあった場所に新たな扉が現れた。一体いつの間に作ったのか、アヤはこんな阿呆なことをするよりもテーマパークでも作って一儲けした方が良いのではないかと孝志は真剣に考えた。
「ちなみに、奥のVIPルームは私とメガネピンク用だ。静脈認証システムを用いているから気を付けてくれ。」
 アヤが付け足した言葉に、メガネピンクが喜びの声を上げる。アヤのことだ。自分も使う部屋となればそれはそれは気合を入れて作っているに違いない。逆を言えば、アヤの部屋とは別にされた自分の寝場所にはあまり期待できないこととなる。
 真っ先に部屋に飛び込んだメガネブルーに続き、メガネグリーンやメガネイエローと共に部屋を覗いた孝志は機械に囲まれた寒そうな二段ベッドの寝台列車のような部屋にため息を漏らした。仮眠室だというからそんなものだろうとは思っていた。これまでにアヤから受けたひどい仕打ちを思えば、これはむしろかなり良い結果だと言える。
 孝志は更にその奥にある頑丈そうな扉を見た。静脈認証システムを用いているから気を付けろと言われたが、一体何に気を付ければ良いのか分からない。静脈認証システム自体は何ら危険なものではないはずだ。
「へー、静脈認証システムってこれか? ここに手当てんの?」
 アヤの忠告の意味をきちんと考えずに、メガネブルーがセンサーに手をかざした。同時に、バチッと大きな音を立てて火花が散り、孝志は反射的に目を閉じる。再び孝志が目を開いた時、扉の前には黒焦げになったメガネブルーが倒れていた。
「おい、気を付けろと言っただろう。」
 アヤは黒焦げのメガネブルーを尻目に、センサーに手をかざして扉を開ける。
「メガネピンクの静脈データは既に登録してあるから安心しろ。」
 アヤの言葉に、メガネピンクは「はーい!」と手を挙げて能天気に笑う。センサーの誤作動で高圧電流を食らうおそれはないのだろうかと孝志は不安になるが、あそこまで容赦ない電流が流れたのには、メガネブルーの静脈データがブラックリストとして登録されているからではないだろうかと孝志は思った。考えてもみれば数日前、グラッシーズのメンバーは新システムの開発研究のためという名目でそれぞれ指紋やら何やらを片っ端から採取されたのだ。自分が手をかざしたら何が起こるのだろうかと考えつつ、孝志は一歩、奥の扉から離れた。開いた扉の奥にふかふかの大きなベッドが見えたけれど、無防備に侵入を試みれば何が起こるか分からない。
「ベッドの脇の赤いボタンを押すと毛布と枕が出るようになっている。好きに使ってくれ。」
 アヤの声と共に、奥の扉はゆっくりと閉ざされた。金属の冷たいベッドに毛布と枕だけではあまり心地の良い眠りは期待できそうにないが、変人だらけのこの場所で心地良い眠りを期待する方が無駄なのだ。はしゃいで二段ベッドの上を選んだメガネブルーとは対照的に、孝志はのんびりとその下のベッドに腰を下ろした。

前頁 - 次頁

HOME >> 長編・シリーズ小説 >> 突撃! Glasses >>

Copyright © 2006 Aiko Kiryu. All rights reserved.