ここち

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Haunted Halloween

〜ハロウィンの夜にはお化けがいっぱい〜

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Jack-o'-lantern カボチャちょうちん

 一面のカボチャ畑には夕闇が漂っていた。不自然なほどに増殖した濃い緑色の葉の陰で、一人の青年が背中を丸めて座り込んでいる。彼は両足の間に巨大なカボチャを挟み込み、熱心にそれをくり抜いていた。
 青年は、名をジャックと言う。ファミリーネームは忘れてしまった。
「うん、いい出来だ。」
 ジャックは中身をくり抜いたカボチャを目前へ掲げると、満足して呟いた。三角形の目と鼻にギザギザの口を持ったカボチャは、にたりと薄気味悪く笑っている。
 ジャックは一度カボチャを地面に置いて、代わりにカボチャをくり抜くのに使ったナイフを拾い上げた。刃の両面をジーンズで拭い、刃をしまって立ち上がる。ジーンズの後ろポケットにナイフを挿して両手を空け、腰をかがめると再びカボチャを持ち上げた。
 ジャックはカボチャを抱えて背にしていた大きな木に向かって歩いていく。見上げた巨木は既に枯れていたが、どっしりと構える姿は両手を広げて今にも襲い掛からんとするお化けのようにも見えた。ジャックは枯れ木の根元にカボチャを置いて、ポケットから小瓶を取り出した。不思議な色の液体が小瓶の中で不気味に渦を巻いている。どす黒い中にいくつもの色が混じり合い、時折虹色を見せるそれは鉛のような輝きを放っていた。ジャックはコルクを抜き、不思議な液体をカボチャにかける。
 突然、カボチャに灯が燈る。カボチャは透けるようなオレンジ色に輝いて、暖かな光はカボチャの外へと洩れていく。オレンジ色の光は巨大な栗の木についた木製の扉を照らしだした。幹の上部についた小窓にも明かりが灯り、一筋の光は真っ直ぐに伸びて、巨木の周りを囲んだ真新しい柵に白い小さな丸を映しだす。
 巨大な枯れ木はジャックの手によって一軒の家に改装されていた。枯れ枝の広がる屋根が少々風変わりであることを除けば、それは紛れもなく家だった。
 いつの間にか、夕闇は本物の闇へと姿を変えていて、家から洩れる明かりは優しく辺りを包んでいる。
 ジャックは自らの家を見上げたあと、木製の扉についたノブを回し、中へと入った。家の中にはレンガ造りの小さな暖炉が備えつけられ、赤い炎が揺れている。部屋の中央には簡素な作りの木製テーブルが置かれ、それを挟むようにして同じく木製の椅子が二脚。いずれもジャックが森の木を切り出し、一日掛かりで作ったものだ。
 手前の椅子には黒いコートが無雑作に掛けられ、テーブルの上の小さなランプは大きさに不釣合いなほど明るく部屋の中を照らしていた。テーブルの上には他にキャンディーやチョコレートの入ったかごが置かれ、ボトル入りのアップルブランデーにはグラスが添えられている。たった一室だけの小さな家は、生活空間にしてはあまりにも物が少なく、質素であった。
 ジャックはテーブルを回るように部屋の奥へと進み、悠然と椅子に腰を下ろした。
 ゆっくりと足を組み、ブランデーボトルへ手を伸ばす。琥珀色の液体をグラスへ注ぎ、右手で包み込むように持ったグラスをゆっくりと回した。顔を近づけるとりんごの甘酸っぱい香りが鼻腔いっぱいに広がる。ジャックは片手でグラスを弄びながら一口口をつけ、椅子を斜めに傾けて天井を見上げた。アルコールのせいだろうか、自然と口元が緩む。暖炉の炎に照らされてジャックの頬は仄かに赤く染まっていた。


A Witch with A Black Cat 魔女と黒猫

 薄暗い部屋の中は静かだった。小さな窓から射し込む月明かりの中で、黒猫が一匹まどろんでいる。部屋の中央では、大きな鍋がかまどの炎に焼かれていた。その鍋とかまどの炎だけが微かな音を部屋の中に響かせる。
 鍋の中でぐつぐつと煮えたぎる不気味な赤い液体を、黒いローブから伸びる手が太い棒を握って、静かに、ゆっくりとかき混ぜている。透けるような白い手に細く伸びた指先は、薄暗い部屋の中で儚く輝いている。
「こんなところかしら。」
 黒いローブの主は太い棒から右手を離し、鍋から立ち上る湯気とかまどの炎がもたらす熱さを払うように額を拭った。その拍子にフードが背中へ落ち、月明かりが美しいブロンドの髪を照らした。金色に輝く長い髪、透けるような白い肌、そして口元には真っ赤なルージュ。不気味で薄暗いこの部屋に、彼女はあまりにも不釣合いであり、またあまりにも似合いすぎていた。
 彼女はドロシー。既にこの世で百五十年生きた魔女である。
「バンダラバサラ……バンダラバサラ……。」
 ドロシーは呪文を唱えながら力強く鍋の中の液体をかき回した。呪文は唱えるほどにそのテンポを上げていく。それに伴って、鍋をかき回すドロシーの手も素早く動くようになった。赤い液体はいつの間にかそれ自体がぐるぐると渦を巻いて回り始めている。ドロシーの手は液体の抵抗をもうほとんど感じなくなっていた。
「バンダラバサラ!」
 ドロシーはひときわ声を張り上げて叫んだ。その瞬間、カッと赤い光が部屋中を照らす。寝ていた黒猫が驚いたように飛び上がった。
 部屋の中に再び静寂が訪れた。鍋の中の液体はもうぐつぐつと煮立ってはいない。ぴたりと動きを止めて沈黙している。かまどの炎も消えていた。
 ドロシーは脇のテーブルに置いてあった小瓶を取ると、微動だにしない水面へ小瓶を傾けた。赤かったはずの液体はいつの間にかどす黒くその色を変え、不気味さを増している。小瓶いっぱいに液体をすくいあげると、ドロシーはコルクでそれに栓をした。小瓶の淵から僅かに零れた液体をローブの袖口で拭い、再びテーブルの上へ置く。
「ちょうどいい時間ね。」
 ドロシーは窓の外の月を見上げて呟き、ローブを脱いでテーブルの上へ丸め置いた。ブロンドの髪を両手で後ろへ払い、壁に掛けられたつばの広い帽子を被る。丁寧に使い込まれた帽子は柔らかな風味を抱いて円錐の先をくしゃりと垂らす。
 ドロシーはテーブルの上の小瓶を再び手にし、部屋の隅に立て掛けてあったほうきへまたがった。
「リズ、行くわよ。」
 ドロシーがパートナーである黒猫の名を呼ぶと、黒猫はテーブルの下からそっと姿を現した。先程の閃光に驚いて隠れていたらしい。
「早くしなさい。」
 ドロシーは無表情のまま穏やかに言った。リズと呼ばれた黒猫はほうきに飛び乗り、それからドロシーの肩へと上がる。
「ホッパラ!」
 リズが肩へ着地するのを感じると同時に、ドロシーは呪文を唱えて床を蹴った。僅かに宙へ浮き上がったほうきは、瞬く間に火の気のない暖炉へ吸い込まれ、垂直に向きを変えると急上昇した。煙突を抜けて空へと飛び出し、静かに体勢を水平に戻した。
「いやだ、煤だらけ。リズ、あなた煙突の掃除をサボったわね。」
 ドロシーは服についた煤を払いながら顔を歪めた。リズはドロシーの肩の上で身体を縮めてニャーと鳴く。
 ほうきは水平のまま、少しずつ高度を上げた。薄く棚引いた雲を越えて、大きく丸い月へ向かってゆっくりと飛んでいく。


The Wandering at Night 夜の散歩

 エミリーは畑の脇の田舎道を幼馴染みのトムと一緒に歩いていた。二人はクラスメートの家であったハロウィンパーティに参加して、これらから家へ帰るところである。
 夜もだいぶ更けて、小学生の子供がたった二人で歩き回るには相応しくない時間だが、今夜は特別だった。暗い道は怖いが、今夜はどの家も玄関先にカボチャちょうちんを並べている。目が慣れてくると、満月の夜は明るく感じられた。何かあればすぐに近所の家に駆け込めばいい。犯罪者に遭うよりも熊に遭う可能性の方がずっと高いこの田舎の村では、村人は全員顔見知りなのだ。
 エミリーは右手にぱんぱんに膨らんだ袋を、左手にほうきをぶら下げていた。右手の袋にはクラスメートと共に近所の家々を回って得たお菓子が詰まっている。左手のほうきは魔女の仮装のための小道具である。黒のとんがり帽子にフリルのついたワンピース。裁縫上手の母が手作りしてくれた衣装をエミリーはとても気に入っていた。
 一方、エミリーの一歩先を歩くトムは両手に袋をぶら下げていた。どちらの袋も決してエミリーの袋より小さいわけではないのだが、中身が零れそうなほどにぱんぱんに膨らんでいる。夜風にひらひらとマントがはためかせるトムは、吸血鬼に扮していた。正装をし、父親から借りたと言うヘアクリームでを固めているトムを見たとき、エミリーは思わず吹き出してしまった。普段のトムはジーンズにTシャツを着、髪だっていつもぼさぼさで寝癖がついたままなのだ。吸血鬼に扮したと言うにしてはあまりに中途半端だったのもいけなかった。吸血鬼のシンボルである長い牙があるわけでもなく、見た目では吸血鬼なのか単なる古風な貴族なのか分かりはしない。
 両手のお菓子に満足した様子で鼻歌交じりに先を歩いていくトムの背中に笑みを向けてから、ふっと引かれるように畑の向こうのお化け森へ目をやった。月明かりの下で見えるのは鬱蒼と茂る木々の影だけだったが、夜の森は昼間に見るよりもずっと不気味な感じを抱かせた。
 お化け森というのはその森の本当の名前ではないが、村人はみんなその森をお化け森と呼んでいた。恐ろしい魔物や魔女の棲む森なのだとエミリーは祖父から教えられた。本当かどうかは分からないが、その森でお化けを見たというクラスメートの話も何度も聞いた。いずれにしても、近付きたい場所ではない。エミリーは暗い森から逃げるように視線を逸らすと、光を求めて空を見上げた。
 丸い月が金色に輝いている。エミリーはほっとして緊張を解いたその時だった。
「あっ。」
 エミリーは思わず声を上げて立ち止まった。突然、満月の前を黒い影が横切ったのだ。ほうきに乗った魔女のような……いや、あれは確かにほうきに乗った魔女だった。
「エミリー?」
 声に気づいてトムが振り返った。
「魔女よ、魔女が空を飛んでたわ!」
 エミリーはほうきの柄で月を指差して叫んだ。
「魔女だって? どこにさ?」
 エミリーが指差す通りに空を見上げたトムは、笑いながら尋ねる。
「今、満月を横切ったのよ。ほうきに乗った魔女の黒い影が。」
 エミリーはトムに掴みかかりそうな勢いで訴えるが、トムが見上げた時には既に魔女の影は空の闇に消えていて、空にはただ丸い月が微笑んでいるだけである。
「カラスでも見間違えたんだよ。魔女なんてエミリーだけで十分さ。」
 トムは笑って信じようとしない。エミリーだって、自分の目で見ていなければこんな話を信じる気にはならなかっただろう。
「早く帰ろうぜ。」
 トムはくるりとエミリーに背を向けると、先に歩き出した。
「本当に見たんだから。」
 小さく呟いてみても、その声はトムの耳に届かない。エミリーは再び月を見上げたが、そこに魔女の影はない。
「あっ、待って。」
 エミリーが慌ててトムを追いかけた。


Trick or Treat! お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!

 エミリーがトムを追いかけると、今度は突然トムが立ち止まった。勢いのついていたエミリーは止まりきれずに、トムの背中へ激突する。
「もう、急に止まらないでよ。」
 エミリーが声を掛けたが、トムは立ち止まったままじっと一点を見つめている。エミリーがトムの顔を覗き込むと、トムの表情は段々と喜びに変わっていった。
「なあ、見ろよ、あれ。あそこにも家があるぜ!」
 トムは嬉しそうな表情のまま、畑の真ん中を指差した。エミリーがトムの指す先へ目をやると、確かに畑の真ん中に二つ、明かりらしきものが見える。一つは窓から漏れる明かりなのかやや高い位置に、もう一つはきっと玄関先に置いたカボチャちょうちんだろう。灯り手前に白い柵のようなものもうっすらと月明かりに輝いている。
「本当ね。でも、あんなところに家なんてあったかしら。」
 エミリーは首を傾げて答えた。
「行ってみようぜ。お菓子を貰えるかもしれない。」
 トムは嬉しそうに言うと同時に駆け出していた。
「だめよ。家に帰らなくちゃ。寄り道はしないってママと約束してるんだから!」
 エミリーは慌てて止めたが、トムはもう畑の間の小道を駆けている。
「ちょっと見てくるくらい別にいいだろ。今日はお祭りなんだから。」
 トムは走りながらそうエミリーに向かって叫んだ。一人でこの暗い夜道を家まで帰るのは怖かったし、トムを放っていくわけにもいかない。エミリーはしかたなくトムを追いかけた。
「ほら、やっぱりカボチャちょうちんがある。しかも特大だ!」
 トムは家の前に置かれた巨大なカボチャちょうちんを見て嬉しそうに声をあげた。カボチャちょうちんを飾るのはハロウィンをお祝いしている印。この村の中では、仮装した子供たちにお菓子を振舞う用意があるという印でもある。
「でも、私、この家の人を知らないわ。もう夜も遅いし、怒られるかもしれないわよ。」
 今にも扉をノックしそうな勢いのトムをなんとか引き戻そうと、エミリーはトムのマントを掴んでいた。
「平気だって。これを気に知り合いになればいいんだよ。こんなに張り切って特大のカボチャを用意してるんだ。相当なお祭り好きだぜ、きっと。」
 トムはマントを掴んでいない方のエミリーの手を取り、自分の方へと引き寄せる。
「でも、この家……気味が悪いわ。」
 エミリーは掴まれた手を引き戻して一歩後ずさる。
「どこがだよ。」
 トムは不満そうな顔でエミリーを振り返る。
「だって変じゃない! まるで木の幹みたい。屋根だってあれ、木の枝よ。」
 エミリーは叫び、家の上方を見上げた。家の壁は木の幹の質感そのままに緩やかな曲線を描いていて、屋根のあるべきところには朽ちかけた枝が垂れている。トムもエミリーと共に上を見上げたが、トムの反応はエミリーが期待したものとは異なっていた。
「確かにちょっと変だけどさ、面白い家じゃん。ちょっとみんなと違うってだけで差別しちゃいけないって先生も言ってたろ? きっと面白い人が住んでるんだよ。」
 トムはこの風変わりな家に対して余計に興味を持ったらしかった。先程からずっとエミリーが感じている不気味さなど微塵も感じていないらしい。
「だめよ、早く帰らなくちゃ。パパもママも心配してるわ。」
 エミリーはマントを掴んでいた手を離し、代わりにトムの手首を掴んだ。
「わかった、わかったよ。」
 トムはエミリーの手を振り払い、
「すぐに終わるからさ。」
 と、言い終わるよりも先に木の幹に取り付けられた扉をノックしていた。
「トム!」
 エミリーが悲鳴に近い叫び声をあげたが、手遅れだった。
「Trick or treat!」
 トムは開きかけた扉に向かって、エミリーとは対照的な笑顔で叫んでいた。


Happy Halloween ハロウィンおめでとう!

 ジャックがブラスに残った最後の一滴を飲み干すと、外から軽快な足音が聞こえてきた。甲高い声が何か話している。
 ジャックは手にしていたグラスをテーブルに置くと、斜めに傾けていた椅子を戻した。外の気配に気を配りながら、ゆっくりと立ち上がる。
 ノックの音が軽快に響き、ジャックはお菓子の入ったかごを手にゆっくりと扉へ歩み寄った。
「Trick or treat!」
 ジャックが扉に手をかけると、声は待ちきれない様子で飛び込んで来た。
「Happy Halloween!」
 明るい声に答えて、ジャックは笑顔で扉を開ききった。黒いマントをまとった少年が満面の笑みでジャックを見上げている。牙はないが、吸血鬼に扮したつもりなのだろう。
「お菓子をどうぞ、小さな吸血鬼さん。」
 ジャックは少年がお菓子を取りやすいように、低い位置でかごを差し出した。
「やった! これ、全部いいの?」
 少年は笑顔をはちきれんばかりに広げて、かごの中へ手を伸ばした。ジャックに問いながらも、少年の目はかごの中のお菓子しか見ていない。
「ああ、構わないよ。今夜はもう君たちだけだろうからね。」
 ジャックは穏やかに言って、少年の後ろで一歩下がって不安げに見つめている少女に微笑んだ。視線が合うと、少女はびくりと身体を震わせて、小さな身体を更に縮める。
「魔女さんもどうぞ。」
 少女はどうするべきか迷っている様子で、右足を一歩踏み出しながらも、腰を引いている。
「くれるって言うのに貰わないなんて損だぜ! 後で分けてって言っても分けてやんないからな。」
 少年は一度少女を振り返ると、既にいっぱいの袋にお菓子をぎゅうぎゅうと無理矢理詰め込んでいる。少女は少年の背を見つめながら、その場から動こうとはしなかった。
「ありがとう。」
 かごの中のお菓子を全て袋に詰め込んで、少年は笑顔で言った。
「どういたしまして。」
 ジャックが笑顔で答えると、少年はくるりと背を向けて少女の方へ足を踏み出した。
「ちょっと待って。」
 少女の手を引いて行こうとする少年をジャックは慌てて呼び止めた。少年がきょとんとして振り向く。ジャックはジャケットのポケットから黒と赤のお菓子の包みを二つずつ取り出してかごに移すと少年に差し出した。
「一つだけ選んでごらん。」
 ジャックは再びかごを覗き込んできた少年に言った。
「一つだけ?」
 少年がジャックを見上げて聞き返す。
「そう一つだけ。運命を決めるお菓子だよ。」
「わかった。運勢占いとかついてるんだろ?」
 少年は再び嬉しそうにかごの中に視線を落として、どれを取ろうか選び始めた。少年を見下ろしながら、ジャックは僅かに口端を上げる。
「決めた!」
 少年は黒い包みを取ると高々とそれを掲げた。
「さあ、君も……。」
 ジャックは「早く帰ろう。」と少年のマントの端を引っ張っている少女にかごを差し出した。少女は反射的に身を引き、それから躊躇うように手を胸元へ寄せた。見上げた少女に、ジャックは首を僅かに傾げて微笑み返す。少女は恐る恐るかごへと手を伸ばし、ほんの数秒、かごの上を旋回した。
「エミリー。」
 今度は少年が少女を帰途へ誘う。少女は慌ててかごの中から赤い包みを一つ摘まみ上げた。
「ありがとう。」
 少女はジャックを見上げて早口に礼を言い、白い柵の脇で待っている少年の元へ駆けていった。
「どういたしまして。」
 ジャックは畑の間を駆けていく二人を見送りながら微笑んだ。
 家の中へ戻り、ジャックはかごの中に残った黒と赤の包みを再びジャケットのポケットへ戻した。空になったかごをテーブルの上へ置き、椅子に掛けられたコートを取る。狭い部屋の中を覆い尽くすように黒いマントを広げ羽織ると、袖には腕を通さず、襟元を留める。
 ジャックは再びそっと外へ出た。少年と少女の姿はもう見えない。
「行こう、ジャック。」
 扉を閉めると、鍵は掛けぬまま、玄関の脇のカボチャちょうちんを見下ろして呼びかける。カボチャちょうちんは呼びかけに答えてぴょんっと跳ねた。カボチャちょうちんはジャックに先立ってぴょんぴょんと跳ねながら進み、ジャックが進むべき道を照らしていく。ジャックはカボチャちょうちんについて深い森へと歩いていった。

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