ここち

HOME >> 短編小説 >>

Haunted Halloween

〜ハロウィンの夜にはお化けがいっぱい〜

(1)  (2)

(2)

The Witches' Sabbath 魔性の宴

 畑に囲まれた薄暗い道に人影はない。ジャックとカボチャちょうちんは静かに森へと足を踏み入れる。鬱蒼と茂る茂みの間を、ジャックとカボチャちょうちんは進んでゆく。茂みはカボチャちょうちんの灯りに照らされて、ジャックを導くように道をあけていった。
 間もなく茂みの向こうにちらちらとオレンジ色の灯りが見えはじめた。賑やかな音楽や話し声も耳に届く。灯りは次第に強くなり、賑やかな音も大きくなる。カボチャちょうちんは勢いよく茂みを飛び出した。
 開けた空間に不気味な化け物たちがひしめいている。全身を包帯で巻かれたミイラ男に、頭にビスを打ち込まれた継ぎ接ぎの顔の男。牙を持ったドラキュラは口元に赤い液体を滴らせ、魔女は妖艶な香を放つ。
 カボチャちょうちんはジャックを振り返ってぴょんっと跳ねる。
「ありがとう。」
 ジャックが言うと、カボチャちょうちんは再びぴょんっと跳ね上がり、灯りを消して拳サイズに縮まった。小さなカボチャはジャックの手の中へ着地して、ジャックはそれを懐にしまう。
 ジャックが一息吐いてぐるりと周囲を見渡した。会場のいたるところにオレンジ色の灯りがふよふよと漂い、縦半分に切断された巨大な丸太のテーブルには雑多なご馳走が並んでいる。ジャックは巨大な狼男の陰で小さな黒い影がうごめくのを見つけると、目を留めた。三匹の小悪魔がが恐々とジャックを見つめている。視線が合うと、三匹はキーキー声を上げながら、慌てた様子で会場の隅へと逃げ出した。
 ジャックは微笑み、再び視線を辺りへ巡らせる。満月の下で魔性の者たちは酒を飲み、肉を食べ、談笑し、歌い、踊り、思い思いに楽しんでいる。年に一度、冥界と人間界の道が開かれるハロウィンの夜は、魔性の者にとって最も楽しみな宴の夜だった。
「ハーイ、ジャック。」
 声に振り返ると、黒い衣装に身を包んだブロンド髪の美女が微笑んでいた。
「相変わらず君は綺麗だね、ドロシー。」
 ジャックは微笑み、ドロシーの髪にそっと指先を絡ませる。百歳をとうに超えている魔女は、人間にすればまだ二十代前半の美しい美貌を保っている。
「おだててもだめよ。魔女にはみんなお見通し。」
 ドロシーは口端を上げて小さく笑い、自らの指先をジャックの指先に絡め、そっとジャックの胸元へ押し返した。
「そうだ。君にプレゼントがあるんだ。」
 ジャックは押し返された手を懐へ入れると、ジャケットのポケットに入れていた黒と赤の包みを取り出した。
「どちらか一つ取るといい。子供たちにあげるつもりが余ってしまったんだ。」
 手を広げてドロシーの目の前に差し出す。
「言ったでしょう。魔女にはみんなお見通しだって。」
 ドロシーは細い指先をジャックの頬に這わせた。指先は顎に触れて首を伝い、腕を辿ってジャックの手のひらから赤い包みを一つ摘まみ上げた。
「この赤いのを貰うわ。新鮮な血と同じ真っ赤なお菓子を。」
 ドロシーは摘まみ上げた赤い包みをそのまま口元へ運び、口付けした。
「じゃあ、残り物は僕が食べることにするよ。僕には何の意味もない代物だけどね。」
 ジャックは残った黒い包みを開く。中にはスペード型のチョコレート。
「死の象徴、スペード。確かにあなたが食べても意味はないわね。あなたはもう死んでいるんだから。」
 ドロシーは口端だけで笑い、赤い包みを開いた。ダイヤ型のキャンディーを確認して、ふっと息を漏らす。
「財産を象徴するダイヤ。この様子だと、あなたは目的を果たせなかったみたいね。」
 ドロシーは開いた包みを元に戻しながら言った。
「構わないさ。どうしたって僕は天国にも地獄にも行くことはできない。狭間を彷徨い続けるだけなんだ。死神の仕事をサボったところで誰も僕を罰せはしない。これは僕の道楽なんだ。人間が自らの手で未来を選び取る運命を見るのが好きなんだ。子供たちはそれぞれ自分で未来を選んだ。それは彼らの運命。彼らの力さ。」
 ジャックは微笑み、スペード型のチョコレートを口へ運ぶ。
「だったら、このダイヤを選んだのも私の運命で私の力ということね。」
 赤い包みを顔の横に掲げて、ドロシーは笑った。
「なんでもお見通しの君が言うならそうなんだろう。」
 ジャックの答えに、ドロシーはふっと笑ってジャックの手に残された黒い包みを取った。ドロシーがさっと指先を擦り合わせると、包みは一瞬で赤い炎に変わる。炎が消えると煤がはらはらと地面へ落ちた。


The Witchcraft 魔性の術

 「ところで、今日は彼女を連れていないのかい?」
 ジャックはドロシーの肩に掛かった細い金色の髪を見つめながら尋ねた。
「連れてきてるわよ、一応ね。」
 ドロシーが答えて、髪を片手で後ろへ払うと、ニャーと足元で声がした。ジャックが視線を下へ向けると、ドロシーの服の裾をなでるように黒猫が柔らかな線を見せる。金色の瞳がジャックを見上げた。
「やあ、リズ。今夜はどうしたんだい? 何かご主人の機嫌を損ねるようなことをしたのかな。」
 ジャックは黒猫の前にしゃがみ込み、小さな頭をなでてやった。
「煙突の掃除をサボったのよ。おかげで煙突を通り抜けた時に服も髪も煤だらけ。」
 ドロシーは黒いワンピースの裾を片手で持って広げ、小さく肩をすくめた。
「それはいけないな。掃除はきちんとやらなくちゃ。」
 ジャックは行儀良く手足を揃えて座っている黒猫の背を毛並みに沿ってなでた。黒猫は目を閉じて、ニャーと嬉しそうに声を上げる。ドロシーはしばらくの間、両腕を組んでジャックと黒猫を見下ろしていた。
「ドロシー?」
 ジャックは黒猫をなでながら、ドロシーを見上げて微笑む。ドロシーは小さく息を吐いた。
「仕方ないわね。今夜はお祭りだから、特別よ。」
 ドロシーが両腕を解くと、ジャックは立ち上がって一歩下がった。ドロシーは短い呪文を唱えてパチンと指を鳴らす。小さな爆発音と共に白煙が黒猫を包み、煙は大きく広がって次第に薄くなる。薄くなった煙の中から、一人の少女が姿を見せた。
 短い黒髪に黒いワンピース姿の少女は、頭の上に三角の耳と細長い尻尾を持っていた。薄紅色の頬はふっくらとしているが、色白で線の細い華奢な少女だった。
「よかったね、リズ。」
 ジャックが少女に微笑みかけると、少女は照れたように俯き、金色の瞳を隠すように前髪を軽く引っ張った。
 宴はジャックが到着した時以上の盛り上がりを見せている。満月に向かって長く吠える狼男に、それを真似る小悪魔たち。ミイラ男は白い包帯をひらひらとなびかせながら、リボンをつけた骸骨と手を取り合って踊る。会場内にはとっくに空となったボトルがいくつも転がっていた。
「やあ、ジャック。久しぶりだな。」
 赤ワインの入ったグラスを手に声を掛けてきたのは吸血鬼だった。
「少しやつれたな、ブラッド。」
 ジャックは骨格が読み取れる吸血鬼の顔を見て、微笑を浮かべながら言った。
「最近はなかなかうまい血が手に入らなくてね。」
 ブラッドは長く伸びた牙を見せて笑う。
「どうだい、ワインを飲まないか? 鮮血には劣るが悪くない味だ。」
 ブラッドはワイングラスを傾けてジャックの目の前に差し出す。
「いや、遠慮しておくよ。出掛けにブランデーを空けてきたんだ。僕はあまりアルコールに強くないんでね。ドロシー、君が飲むといい。ワインは好きだろう?」
 ジャックはブラッドの差し出したワイングラスを手のひらで留めると、ドロシーを振り返った。
「ええ、頂くわ。」
 ドロシーは微笑んでブラッドへ歩み寄り、そっとワイングラスを受け取る。
「綺麗な色……。」
 ドロシーはグラスを軽く回して呟き、揺れる水面が静まるのを待って、一気にあおった。あごの先から首へと美しい線が延び、頬には紅が差す。
「ジャック、彼女は美しいな。」
 ブラッドはほうっとため息を漏らし、ジャックの耳元で囁いた。
「ああ。」
 ジャックは静かに答えて、ほっと息を吐く吐くドロシーを微笑のままに見つめている。
「きっとその血はもっと美しいのだろう?」
 ブラッドは薄い唇の端を上げて笑い、唇を舐めた。
「やめておけ。美しいものは危険だ。食べ物には相応しくない。」
 ジャックはそう言って笑うと、黒いコートをひるがえして、会場の隅へ歩いていった。


The End of The Night 夜の終わり

 ジャックは会場の隅の巨大な切り株へと近付くと、そこに腰掛けていたリズに向かって微笑み、並んで腰を下ろした。
「どうだい、今夜は楽しかったかい?」
 ジャックが声を掛けると、リズはピクンと両耳を動かして、それからゆっくりと頷く。
「それはよかった。」
 ジャックは微笑み、明るい声で言った。リズはジャックの隣で大人しく座っている。尻尾と耳だけが時折ひょこひょこと動いた。
 先程まで広場中を埋め尽くしていた魔性の者たちは、いつの間にか姿もまばらになっている。四方を森に囲まれた広い空間には、宴の跡が散らばっていた。
 東の空はもう白み始めている。冥界と現世を繋ぐ一夜も間もなく終わり。宴の夜が明けていく。魔性の者たちは互いに短い挨拶を交わして、朝日の毒を浴びぬようそそくさと薄暗い森の中へ消えていった。
「さて、そろそろ僕も行くとしよう。またね、リズ。」
 ジャックはゆっくりと切り株から腰を上げ、リズの前髪をかき上げると、額に軽く口付ける。リズがきゅっと身を縮め、ジャックはリズの頭をなでた。
「また旅に出るのね。」
 背後から掛かった声に振り返ると、ドロシーが無表情で立っている。
「ああ。次に会えるのはまた一年後だ。」
 ジャックはドロシーに向き直り、ブロンドの髪に手を伸ばした。長い髪を梳かすように指先で伝い、毛先を摘まんで口付ける。
「餞別よ。」
 ドロシーはジャックの目の前に小さな小瓶を突きつけた。小瓶の中のどす黒い液体は今日、カボチャに振り掛けたものと同じだ。
「ありがとう。これでまたジャックの仲間を増やせるよ。」
 ジャックは小瓶を受け取ると、そっと懐に入れた。
「一年後を楽しみにしてるわ。」
 ドロシーの指先は名残惜しそうにジャックの頬をなでる。
「僕もだよ。」
 ジャックの答えにドロシーはふっといたずらっぽい笑みを浮かべ、くいとジャックのあごを引き寄せた。そしてあっという間にジャックの唇を自らの唇でふさぐ。首の後ろに腕を回され、強く唇を押さえられる。僅かに開いた口の中に何かが押し込まれた。口内に甘みが広がると同時に、ドロシーがジャックを解放する。
「これは……。」
 驚きに表情を硬くしたまま、ジャックは口内に押し込まれた甘い固体を探るように舌先で転がした。
「財産の象徴、ダイヤ。あなたにあげるわ。」
 ドロシーは細い指先を唇に当てて笑む。
「お礼を言うべきかな。でも、これもスペードと同じで僕には何の意味もない。狭間の世界には金も銀も何もないんだからね。」
 ジャックは軽く唇に触れ、再びいつも通りの笑みを見せた。
「しかし、君は本当に……。」
「魔女の前で隙を見せたあなたの負けよ。」
 ドロシーは苦笑しながら口を開いたジャックを遮って言う。
「仕方ないね。それじゃあ、君に魔法を掛けられる前に行くとしようか。」
 ジャックは懐から手のひらサイズのカボチャを取り出して、その名を呼ぶ。
「ジャック。」
 カボチャはジャックの手のひらから飛び上がり、巨大化すると地面で跳ねた。巨大なカボチャちょうちんはオレンジ色の灯りを振り撒いて、薄気味悪く笑っている。カボチャちょうちんはジャックの前で飛び跳ねながら一回転し、空間の空いた広場の中央へ跳ねていった。ジャックはゆっくりとその後を追う。
 先を行くカボチャちょうちんの前に、突如、黒い丸が現れた。カボチャちょうちんはその丸の前で回転しながら跳ねる。ジャックが近付くにつれて、黒い丸は大きくなった。ジャックの背よりも一回り大きいくらいに広がった丸は、そこで膨張をやめる。ジャックは丸の前で足を止め、ドロシーを振り返った。
「また一年後に。」
 ジャックとドロシーの声が重なり、二人は顔を見合わせて小さく笑う。ジャックが再びドロシーに背を向けると、カボチャちょうちんは目の前の黒い丸に向かって飛び跳ねた。カボチャちょうちんは丸の中へ吸い込まれるように姿を消す。続いてジャックも闇の中へ。同時に、黒い丸は急激に縮んで見えなくなる。あとに残されたのは元通りの景色だけだ。
「さあ、私たちも帰りましょう。」
 ドロシーはリズを振り返った。リズが切り株から飛び降りると、ドロシーはパチンと指を鳴らす。リズは再び一瞬にして黒猫の姿に戻された。
 ドロシーはもう一度、別の呪文を唱えながら指を鳴らし、目の前に現れたほうきを掴む。ほうきにまたがり、リズが肩に飛び乗ったのを確認して呪文を唱える。
「ホッパラ!」
 ほうきは水平を保ったまま急上昇し、薄く棚引く雲を抜けた。東の空から朝日が漏れ始めている。朝日に背を向けて、ほうきは真っ直ぐ魔女の住処へ飛んでいく。
「朝の光は身体に毒だわ。」
 ドロシーが呟き、リズはドロシーの服の中に隠れた。


All Saints' Day 万聖節

 ハロウィンの夜が明けて、エミリーはいつもより早く家を出た。昨晩から気になっている二つのことを確かめるためだ。魔女の影と畑の真ん中の不思議な家。
 魔女の影は見間違いかもしれない。しかし、畑の家は見間違いとは言えない。エミリーは学校へ通うために毎日畑の脇の道を通っているが、畑の真ん中に家を見つけたことはなかった。
 帰宅後、畑の真ん中に家があったかどうか、最近引っ越してきた人がいたかどうか、両親に尋ねてみたが、答えはいずれも「ノー」だった。
「畑の真ん中には大きな栗の木があるだけだよ。まあ、とっくに枯れてしまっているけどね。」
 父はエミリーが既に知っている以上の情報を提供してはくれなかった。
 それなら昨晩訪ねた家は何だったのだろうと考える。風変わりな趣味の持ち主が枯れ木を家に改装したのだろうか。それとも、家は畑の真ん中ではなく、どこか別のところにあったのだろうか。
 目覚めてすぐ、全て夢だったのだろうと思った。しかし、ポケットの中には今もあの不思議な家で貰った赤い包みが入っている。
 最後に訪ねた不思議な家のことは、両親には話していない。寄り道をしたことがばれれば、トムまで一緒に怒られてしまうと思ったからだ。
 視界に緑の畑が広がった。中央には巨大な枯れ木が見える。それはどう見ても家のようには見えない。畑の間の道へ入り、エミリーは恐る恐る巨大な枯れ木へ近付いた。
 やはり枯れた巨木である。エミリーが十人手を繋いでも囲いきれるかどうかわからない太い幹には、ぽっかりとこれまた巨大な穴が空いている。中は完全な空洞で広々としている。エミリーが時々、トムやクラスメートと秘密基地として使っている場所だ。
 中へ入って見上げると、青い空が高く見える。幹の上の方に空いた小さな穴から光が差し込んでいる。
 エミリーは穴から出て、枯れ木を見上げた。枯れ木に扉はついていない。小窓もない。巨大なカボチャちょうちんも、家を囲んでいたはずの白い柵もどこにもない。夢を見ていたのだろうか。ここで貰ったと思っていた赤い包みのお菓子は、どこか別の家で貰ったものなのかもしれない。特段珍しいものでもないのだから。
 しかし、幹に空いた巨大な穴とその上の小さな穴は、あの不思議な家の扉や小窓と同じ位置にあるような気がする。この枯れ木があの不思議な家。夢かもしれないけれど、エミリーは魔法に掛かったような気分で楽しくなった。
 明るい日差しに照らされているからだろうか。昨晩のような不気味さは感じず、恐怖もない。エミリーは足取り軽くお化け森へ歩いていった。もう一つの気になること。満月に映った魔女の影。お化け森の噂が本当なら、あの魔女もお化け森の住人に違いない。
 お化け森に入るのは怖かったが、好奇心の方が勝っていた。それに、今朝のお化け森はいつもより明るく見える。
 一歩森に足を踏み入れると、木々が生い茂り、エミリーは服のあちこちを枝に引っ掛けなければならなかったが、森の中は不思議なほど明るかった。見上げればきらきらと木漏れ日が輝いている。
 迷子にならないよう枝を折って目印にし、奥へ奥へと進んでいく。まるで探検家の気分だ。
 ふっと突然、視界が開けた。一歩踏み出すと、そこはまるで広場のように、短い草が生えるだけの明るい空間になっている。広場の隅に巨大な切り株があった。お化け森には入るなといつも言われているが、やはりここへ入ってくる村人はいるらしい。
「こんなところがあるなんて知らなかった。」
 エミリーは切り株に腰掛けたまま足をぶらぶらと揺らし、後ろへ手をついて空を見上げた。高い空には澄んだ青が広がっている。白い雲は薄いレースのカーテンのように棚引いていた。とっておきの場所を見つけた気分だ。
 エミリーはポケットから赤い包みを取り出した。そっと包みを開くと、赤いハート型のキャンディーが姿を見せる。そっと摘まんで口に入れると、じんわりと甘みが広がった。
「おーい、エミリー!」
 聞き慣れた声に、エミリーは赤い包みを無雑作にポケットへ押し込んだ。声の発生源は、たった今エミリーが抜け出してきた茂みの中だ。エミリーが視線を向けるとほぼ同時に、がさがさと音を立てて、木の葉や小枝にまみれたトムが顔を出した。
「トム! 一体どうしたの?」
 エミリーは驚いて切り株から飛び降りた。トムは昨晩とは打って変わって、いつも通りのぼさぼさ頭で、今日は余計なゴミまでついている。茂みを抜ける時にくっついてしまったのだろう。
「それはこっちの台詞さ! 一人でお化け森の中に入っていくなんて……。」
 トムは髪の毛どころか全身についた木の葉や小枝を払い落としながら言った。
「もしかして、心配してくれたの?」
 駆け寄って、エミリーが尋ねると、トムはかっと顔を赤らめた。
「そ、そりゃあ、幼馴染みだからな。悪魔にさらわれたなんて大騒ぎになったら大変だしさ。」
 落ち着かない様子で答えるトムを見て、エミリーは小さく笑った。
「でも、この森、悪魔がいるようには見えないわ。聞いていたのよりずっといいところよ。」
 エミリーは辺りを見回しながら言う。
「ああ、俺もこんなところがあるなんて知らなかったよ。新しい秘密基地にできるぜ。」
 トムも嬉しそうに眺め回す。
「私たちだけの秘密基地よ。他の誰にも教えないで二人だけの秘密にしましょう。ね?」
 エミリーは両手を広げてくるりと回る。
「え? あ、ああ……。」
 トムはエミリーの勢いに圧されて答えた。
「戻りましょう。学校に遅刻しちゃうわ。」
 エミリーはさっとトムの手首を掴んで引っ張った。トムは一瞬よろめいて、エミリーの後を追う。
「そうだ、トム。」
 茂みの中へ戻りかけて、エミリーは突然立ち止まった。
「あのお菓子、もう食べた?」
「え? ああ、昨日貰ったやつか。母さんが一度にたくさん食べたらだめだって怒ってさ、袋ごと没収されちまったんだよな。だから今日はこれだけ。」
 トムはポケットから黒い包みを一つ取り出した。それは紛れもなく、昨晩、あの不思議な家で貰ったものである。
「それ、最後の家で貰ったやつ……。」
「そうだっけ? 俺はいちいちどこの家で貰ったかなんて覚えてないけどさ、最後にアルじいさんの家で貰ったのはクッキーじゃなかったか? ほら、缶入りのさ。」
 言いながら、トムは包みを開いてクローバー型のチョコレートを口へ入れる。
「そうね。そうだったわ。さあ、急ぎましょう。」
 エミリーは茂みの枝を折って道を広げると、先立って茂みの中へ戻った。


The Endless Pilgrimage 狭間の旅

 ジャックはカボチャちょうちんに導かれ、暗闇の中を歩いていた。闇の中にはジャックとカボチャちょうちん以外、何も見えない。何の気配も感じない。
 ここは現世と冥界の間、天国と地獄の狭間。何もない場所。
「ハートは愛情、クローバーは幸運。少年と少女は自らの運命を選び取った。ドロシーは財産を選んだけれど、それは結局、僕のところへ戻ってきた。僕には何の意味もないもの。僕が最も望むものは決して僕の手には入らない。」
 ジャックの前をカボチャちょうちんはぴょんぴょん陽気に跳ねていく。
「天国か地獄へ行くことを死と呼ぶのなら、僕は永遠に死ぬことができない。死神なのに、自分に死を与えることすらできないんだ。ここは退屈だ。地獄の責め苦も退屈よりはましだろう。ジャック、僕をどこか退屈しない場所へ連れて行っておくれ。」
 ジャックはカボチャちょうちんに声を掛けた。カボチャちょうちんは「待ってました」とばかりに歌いだす。
「退屈、退屈。ここは退屈。狭間の世界はとっても退屈。これなら地獄の方がまし。だけどジャックは地獄に行けない。地獄の悪魔はジャックが怖い。ジャックのことを恐れてる。だからジャックを地獄に入れない。ジャックは地獄に入れない。僕もジャックさ、地獄に行けない。」
 カボチャちょうちんは陽気な高い声で歌い続ける。
「退屈、退屈。ここは退屈。狭間の世界はとっても退屈。だから天国、行きたいな。だけどジャックは天国行けない。ジャックは悪人、悪い奴。僕もジャックさ、天国行けない。神様、ジャックを許さない。」
「僕はどこなら行けるのかな?」
 ジャックが口を挟む。
「ジャックは行けるよ、人間界。人間界ならジャックは行ける。だけど扉が開かない。次に扉が開くのは、まだ一年も先のこと。退屈、退屈。ここは退屈。だけどどこにも行けないの。真っ暗闇で一年間、扉が開くのを待ってるの。僕はジャックさ、カボチャのジャック。死神ジャックを案内するの。どこ行く、どこ行く、どこへ行く? 僕らはどこにも行けないけれど、狭間の世界を彷徨うの。」
「君がいてよかったよ。一人でいるよりは少し退屈じゃない。」
 ジャックは笑った。しかし、カボチャちょうちんは歌うのをやめない。
「ああ、とっても退屈。狭間の世界はいつも退屈。楽しいことなんかありゃしない。退屈、退屈。旅は退屈。いつまでこの旅続けるの?」
「一年後のハロウィンまで。いや、永遠に……かな。」
 ジャックは自嘲した。

 暗闇を行くオレンジの灯り。歌うカボチャちょうちんと死神ジャック。
 ハロウィンの夜、もしも彼らを見かけたら、どうか彼らの退屈しのぎに付き合ってあげてください。そして、もし運命のお菓子を選ぶように言われたら、スペードのチョコレートだけは選ばないようにしてください。もし間違って選んでしまっても、絶対にそれを食べてはいけません。

 ――罪人は、彷徨い続けるいつまでも。終わらぬ旅をいつまでも……。

《了》


前頁 - 執筆後記
●○ 読んだ記念にポチッとどうぞ。↓ ○●
 

返信をご希望の場合や長文となる場合には
通常メールフォームが便利です。

HOME >> 短編小説 >>

Copyright © 2005 Aiko Kiryu. All rights reserved.