ここち

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Haunted Halloween

〜ハロウィンの夜にはお菓子がいっぱい〜
関連作品: 『Haunted Halloween 〜ハロウィンの夜にはお化けがいっぱい〜』
※ 「お化けがいっぱい」から読まれた方がより楽しめる……かもしれません。

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Candy Store 街のお菓子屋

 黒いマントに身を包み、一人の青年が街を歩いていた。夕暮れが迫り、秋風が冷たい。人通りの多い街中で、ドラキュラのような不気味なマントの男を誰も咎めようとしないのは、今日がハロウィンだからだ。街には魔女や狼男に扮した人間が山ほど溢れている。それはセレクトショップの呼び込み娘だったり、恋人を喜ばせようと策を凝らし過ぎて愛想を尽かされた惨めな男だったりと素性は様々だが、おかげで街は大いに賑やかだった。
 通りを歩いていた青年は、お菓子屋の前で足を止めた。ガラスの向こうにハロウィン仕様の色とりどりのお菓子を見つけ、笑みを零す。青年は黒いマントを翻し、店内へと踏み込んだ。
 お菓子の棚を前に、小さなかごにたっぷりのお菓子を詰め込んでいるのは、いつもだったら小さな子供たちであるに違いないのだが、今日の店内は大人ばかりだ。ハロウィンの仮装をして家を訪ねてくるであろう子供たちのためのお菓子を大慌ててで調達しているのだ。
 身体の大きな大人ばかりで、店内ではあちこちで衝突が生じている。身体のサイズに加えて態度もでかい中年女性二人がぶつかった拍子に、キャンディーがかごから零れ落ちた。狭い通路をすれ違うのに窮屈そうな二人は、零れたキャンディーに気が付かない。二人がすれ違った後、細身の青年はするりと隙間に入り込み、落ちたキャンディーを拾い上げた。通路の片隅に用意されたかごを取り、拾い上げたキャンディーを落とし入れる。お菓子を鷲掴みにしてかごへ放り込んでいく中年女性たちの傍らで、青年は一つ一つじっくりとお菓子を選び取っていった。
 押し合い圧し合いしながら会計を済ませた中年女性の集団が店を去ると、店内は妙に広々とした空間に変わる。散らかった棚の商品を元通りの場所に戻しつつ、青年は時間を掛けて手にしたかごをいっぱいにした。
「これだけあれば十分だ。」
 薄っすらと微笑んだ青年は、疲れた表情の店主が立つカウンターにかごを置いた。
「二十ドルだよ。」
 かごを秤に載せた店主は無愛想に呟く。青年はズボンの胸ポケットから萎れた二十ドル札を取り出してカウンターの上に置いた。店主はかごの中身を乱暴に紙袋へ移し、二十ドル札を手にするとカウンターの上に置く。青年は微笑み、紙袋を握り締めて店を出た。


A Boy 一人の少年

 ウィリアムは通りに面した庭の片隅に置かれた小さな滑り台の頂上に登り、腰を下ろした。象の姿を模した滑り台の頂上は、ウィリアムのお気に入りの場所だ。そこから辺りを見下ろすと、少しだけ自分が強くなったような気がする。
 ウィリアムはそのまま滑り降りることをせずに、手にしていた袋を膝の間で広げた。中を覗き込み、キャンディーとチョコレート、少しのお菓子が入っていることを確認する。これが、彼の今年のハロウィンにおける収穫の全てだった。既に小学校へ通っている彼の兄と姉は、今頃、クラスメートと街中を歩き回って収穫を増やしているに違いないが、五歳の誕生日を迎えたばかりのウィリアムは彼らの仲間に加わることを許されなかった。夜遅くに外を歩くのは危ないという母の主張に加えて、兄や姉が足手まといになるからとウィリアムを連れて歩くことを拒んだからだ。
 だから、ウィリアムのお菓子袋に入っているのは、昼間、幼稚園で貰ったキャンディーと、母から貰ったチョコレートが少しだけ。大きな袋やバケツを提げて、たくさんのお菓子を貰ってくるのだと張り切って出かけていった兄や姉は、何倍ものお菓子を抱えて帰って来るに違いない。母から貰ったチョコレートだって兄や姉の方が多かった。これではあまりにも不公平だ。
 ウィリアムはこの不公平さについてたった今母に訴えてきたところなのだが、夕飯の仕度を始めた母は全く取り合ってくれなかった。パンプキンパイを作るから、お夕飯の後に食べましょうと言ってはくれたものの、パンプキンパイを食べるのは兄や姉も一緒で、ウィリアムだけがたくさん食べられるわけではないだろう。結局、不公平は変わらない。
 ウィリアムは袋を覗き込みながらため息を吐いた。少しずつ食べても、このくらいのお菓子はきっとすぐになくなってしまうに違いない。
 吸血鬼の仮装をしたつもりで羽織った黒マントがぱたぱたと夕風になびく。マントと言っても、黒い布を首のところで結んだだけの簡単仕様で、マントの下にはいつも通りのシャツとズボンを身に付けていた。兄や姉の本格的な仮装にはどう足掻いても敵わない。
 ぱたぱたと布のはためく音が響いた。ウィリアムのマントではない。もっと大きな、重たい布のはためく音だ。ウィリアムは音の発生源を探して通りへと目を遣る。
 黒マントの男がカボチャちょうちんを抱えてウィリアムを見つめていた。男は微笑を浮かべている。
「僕の家に何か用?」
 ウィリアムが問い掛けると、にやりと笑った。笑ったのは男ではない。男が手にしていたカボチャちょうちんだ。ウィリアムは驚いて目を瞬かせたが、カボチャちょうちんらしい薄気味悪い表情をしたそれが動くことはない。目と口の奥で炎がゆらゆらと揺れているだけだ。
 見間違いだろうか。ウィリアムが首を傾げると、男が口を開いた。
「君はパーティーに行かないのかい?」
 男の問いに、ウィリアムは俯く。
「みんな、近所の家を回ってお菓子をねだっているよ。君はハロウィンをお祝いしないのかい?」
 ウィリアムが答えないと、男は質問を重ねた。
「お祝いしたよ。お菓子も貰ったもの。」
 ウィリアムは抱えていた袋を広げて、男に見せる。
「それにしては浮かない顔だね? 今日はハロウィンなのに。楽しくないのかい?」
 男は微笑を湛えたまま問うた。
「ママが……僕は小さいから夜は出掛けちゃ駄目って言うから。お菓子もこれしか貰えなかったし……つまんないよ。」
 ウィリアムは袋の中のお菓子を見つめながら呟く。風がひゅうと抜けて行った。夕陽に照らされていた街は、いつの間にか闇に包まれている。ウィリアムが袋の中のお菓子が見えづらくなっていることに気付いた時、男が再び口を開いた。
「それじゃあ、僕がお菓子をあげようか。」
 声はあまりにも近くから響いていて、ウィリアムは驚いて顔を上げる。男はいつの間にか庭の中へと入り込み、滑り台の隣に立っていた。細身の男は思いの外背が高く、滑り台の頂上に腰掛けたウィリアムを見下ろしている。
 男はカボチャちょうちんを片手に乗せると、空いた手で懐を探り、紙袋を取り出した。
「さあ、合言葉を言ってごらん。」
 男の言葉に、ウィリアムは少し迷ってからお決まりの台詞を吐く。
「トリック・オア・トリート!」
 男はにこりと微笑み、紙袋をひっくり返した。ウィリアムは慌てて両手を差し出したが、小さな手からお菓子はぽろぽろと零れ落ちる。ウィリアムがせっせとお菓子を拾い上げて自分の袋へ移すと、袋は瞬く間にお菓子でいっぱいになった。
「これ、全部良いの?」
 ウィリアムが男を見上げると、男は黙ったまま微笑んで頷く。
「ありがとう。」
「どういたしてまして。」
 男は空になった紙袋を懐へ戻し、それから何かに気付いた様子で短い声を上げた。
「もう一つ、とっておきがあったんだ。」
 男は懐を探り、ウィリアムの前に拳を差し出す。ゆっくりと開かれた男の手のひらには四つの小さな包みが載っていた。赤い包みが二つと、黒い包みが二つ。赤い包みはキャンディーで、黒い包みはチョコレートだろう。
「一つだけ、選んでごらん。」
「一つだけ?」
 ウィリアムが聞き返すと、男は無言で頷いた。当たりが出たらもう一個なんてくじでも付いているのかもしれない。少し迷ってから、ウィリアムは黒い包みを取った。赤は女の子の色だと思ったからだ。
「本当に、それで良いんだね?」
 男が確認するように尋ねる。ウィリアムは何だか自分が試されているような気がして不安になった。でも、もしかしたらこれは罠で、男はウィリアムが取った包みが当たりと知っていて、はずれに替えさせようとしているのかもしれない。
「これで良いよ。」
 ウィリアムは黒い包みをしっかりと握り、力強く答えた。
「そうか。じゃあ、僕はこれで失礼するよ。良いハロウィンを。」
 男は「当たり」とも「はずれ」とも言わず、にこりと微笑むとウィリアムに背を向けた。マントを引きずりながら、門へと歩いていく。ウィリアムは拍子抜けした。
「それじゃあね。」
 門の手前で男は振り返った。両手にカボチャちょうちんを抱えている。また、カボチャちょうちんが笑ったような気がした。ウィリアムが目を瞬かせているうちに、男は門の向こうへ消えた。ウィリアムは男が庭に面した通りを通るのを待っていたけれど、男は反対方向へ歩いて行ったのか、いつまで経っても再びウィリアムの前に姿を現すことはなかった。
「変なの。」
 そう呟いた後、ウィリアムは握り締めていた黒い包みが妙に軟らかくなっていることに気付いて、包みを開いた。中身のチョコレートが体温で溶け出してしまったらしい。形がだいぶ変形しているのは、体温で溶けた以上に、強く握り締めてしまったせいだろう。
「あーあ。」
 ウィリアムはため息を吐いた後、包みを舐めるようにしてチョコレートを口に入れた。


Secret Meeting 密会

 青年は、カボチャちょうちんを抱えながらのんびりと公園の中を歩いていた。仮装大会の会場となった公園には、派手な仮装に身を包んだ老若男女が続々と集まってくる。仮装集団は皆、公園中央の広場に用意されたステージを目指すが、青年はあえて中央から離れ、公園の隅へ向かって歩いていた。
 賑わいから離れ、闇の中にぽつんと立つ外灯の下にベンチを見つけると、青年は腰を下ろした。
「まさかこんなところで会うなんてね。」
 何者かが青年に声を掛けた。青年は声の発生源を探すように、ゆっくりと顔を後ろへ向けた。外灯の明かりの中に、ふいに一人の女が姿を現す。全身を黒い衣装で包み、つばの広い帽子からはブロンドの髪が零れる。赤い唇と白い肌が否が応でも人目を引いた。
「ああ、君は……。」
「ドロシーよ。一年ぶりね。」
 女――ドロシーは親しげに背後から青年の首に腕を回した。
「僕はジャックだ。」
「知ってるわ。去年の宴で噂を聞いたから。」
 青年――ジャックが名乗ると、ドロシーはジャックの耳元で柔らかく囁く。
「死神ジャック。神を冒涜し、悪魔を欺き、どこへも行けずに狭間の世界を漂う者。この世へ現れるのは年に一度、ハロウィンの夜だけ。」
「詳しいね。」
 ジャックは笑みを浮かべて、ドロシーの手に自分の手を重ねた。
「魔女ですもの。」
 ドロシーがくつくつと笑う。
「怖いな、魔女は。」
「あら、あなたほどじゃないわ。」
 ジャックの呟きに、ドロシーが心外な様子で返す。
「魔女は幼い子供に手を掛けたりはしないのよ? 魔女が興味のあるのは若くて魅力的な男だけ。」
 ドロシーはジャックの耳元に頬を寄せ、ジャックの首へ回した腕に力を込める。
「見てたのかい?」
 ジャックは尋ねたが、ドロシーはその問いに直接答えることなく言葉を続けた。
「魂を狩るのが死神の仕事。仕事とあらば、女子供を殺めることも厭わない。」
「その表現は誤解を招くな。」
 ジャックはドロシーの言葉を遮るようにはっきりと口にした。
「彼らの死は運命だ。死神が彼らを殺すわけじゃない。それに、僕は彼らに自ら運命を選ばせることにしているんだ。チャンスを与えているだけだよ。」
「幼い子供に死のチャンスを? 残酷な人。」
 ドロシーはジャックの首に回した腕を交差させ、ジャックの頬を包み込むように撫でる。
「僕はもう人じゃないよ。」
 ジャックはふっと笑った。
「ニャア。」
 不意に鳴き声が響いて、ジャックの足に何かが触れる。ジャックはドロシーの腕を解き、腰を曲げて足元へ手を伸ばした。
「やあ、君はエリザベスだね?」
 ジャックは足に擦り寄る黒猫を抱え上げた。黒猫は真っ直ぐジャックを見下ろして「ニャア。」と答える。
「リズよ。エリザベスなんて名前、呼びにくい上に猫には豪華過ぎるから。」
 背後からドロシーが不満そうに漏らした。
「リズか。うん、可愛い名前だ。良かったね、リズ。」
 ジャックは黒猫――リズを膝の上に載せ、その喉を撫でる。
「本当に気の利かない子。」
「ありがとう、ドロシー。ちゃんと預かってくれて。」
 ジャックはため息を漏らすドロシーを振り返り、笑顔で告げた。不機嫌そうなドロシーの表情が揺れる。
「別にあなたからお礼を言われる筋合いはないわ。使えそうだったから家に置いてるだけよ。」
 そう言ってドロシーはパチンと指を鳴らした。同時に、ポンッと湧き出た白い煙がリズを包む。視界が晴れた時にはリズはジャックの膝の上から姿を消し、代わりに、ジャックの目の前には少女が一人立っていた。
「すごいな。これが君の魔法かい?」
 目の前の少女を見つめ、ジャックが呟く。黒い髪に金色の瞳、黒いワンピースを着た少女には、人間らしくない猫耳と尻尾があった。
「憑依していた魂を具現化しただけの低級魔法よ。尤も、魂の記憶はとっくに失われているみたいだったから、雑用を言い付けられるようになるまで教育するのには苦労したけど。」
「そうか……おいで、リズ。」
 ジャックはそっと少女――リズへ手を伸ばし、自分の隣へ引き寄せると、ベンチに腰掛けさせた。
「今日はハロウィンだから、リズにもお菓子をあげよう。」
 ジャックはにこりと笑うと、懐からお菓子の包みを三つ取り出した。赤い包みが二つと、黒い包みが一つ。
「一つだけ、選んでごらん。」
 ジャックは手のひらを広げ、リズの前に差し出した。リズはじっとジャックの手のひらに載ったお菓子を見つめ、それから顔を上げてドロシーの様子を窺った。
「さっさと選びない。」
 ドロシーは素っ気なく答える。
「どれでも好きなものをどうぞ。」
 ジャックに促され、リズは赤い包みに手を伸ばした。
「開けてごらん。」
 じっと赤い包みを見つめているリズをジャックが促す。ドロシーが不満そうな表情でジャックを睨み付け、ジャックはにこりと微笑みを返した。リズは恐々と赤い包みを開き、出て来たのはハートの形をしたキャンディーが一つ。リズはじっと現れたキャンディーを見つめている。ジャックがそっとキャンディーを摘まみ上げ、リズの口元へ運んだ。口を開けさせ、キャンディーを押し込む。
「おいしいかい?」
 ――ごくん。
 ジャックが尋ね、頷き返したリズはその拍子にキャンディーを飲み込んでしまったらしい。驚いた表情できょろきょろと瞳を動かす。
「馬鹿な子。」
 ため息混じりにドロシーが漏らし、ジャックは笑いながらリズの頭を撫でた。

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