Haunted Halloween
〜ハロウィンの夜にはお菓子がいっぱい〜
(2)
Home with Sweets お菓子を連れて
近所の家々を巡り、友人宅でのハロウィンパーティーを終えてから、メアリーとその弟ジョンは友人たちと別れて家路に着いた。二人共お菓子がたっぷり詰まった袋を提げているが、ジョンはそれに加えて手提げ袋に入り切らなかったお菓子を紙袋に入れて胸に抱えている。
「今年はたくさん貰えたな。」
ジョンは満足そうな表情を浮かべ、足取り軽く、メアリーの隣を歩く。
「ジョンは少し貰い過ぎだわ。余りのお菓子まで貰ってきちゃうんだもの。」
メアリーは呆れた様子でため息を吐いた。姉であるメアリーは、テーブルに載せられたまま余ってしまったお菓子を片っ端から抱えて友人宅を出たこの図々しい弟をきちんと窘めてやらなくてはならない。
「別に良いだろ? 余ってたんだからさ。マックだって、ロリポップを大量に詰め込んでたぜ?」
ジョンは反省する様子を微塵も見せず、スキップまで始めた。
「本当に図々しいんだから。」
メアリーの言葉に、ジョンが不満そうに顔を歪める。
「俺は別に自分一人で食べようと思ってお菓子を貰ってきたんじゃないんだ。ウィリアムのためだよ。あいつ、俺たちと一緒に回れなくて自分だけお菓子が少ないって拗ねてるだろうからさ。」
ジョンは腕からずり落ちそうになる紙袋を抱え直しながら、メアリーに笑みを見せた。メアリーはジョンの予想外の答えにぱちぱちと目を瞬かせてジョンを見る。勉強嫌いでゲームとお菓子のことしか頭にないと思っていたジョンが末の弟であるウィリアムのためにお菓子を持って帰ってやろうだなんて! 自分のお菓子を分けてやろうだなんて! メアリーはジョンの改心ぶりに驚くと同時に、ジョンが自分と同じことを考えていたことに驚いた。尤も、メアリーはいくら弟のためとは言っても、余りのお菓子に遠慮も躊躇もなく手を伸ばすことができるほど図々しくはなかったのだけれど。
「本当にウィリアムのために?」
メアリーは半信半疑に問い掛けた。
「あったりまえだろ? そうじゃなかったジェリービーンズなんて貰ってこないって。俺、これ嫌いなんだから。」
ジョンは紙袋の一番上に載ったジェリービーンズの箱を顎で指しながら言う。ジョンは単に嫌いなものを弟に押し付けようと考えているだけにも思えるが、七色のジェリービーンズはウィリアムのお気に入りだったから、弟思いの結果とも取れる。メアリーはできる限り善意の解釈をして、ジョンを褒めてやることにした。
「こんなにたくさんお菓子を持って帰ったら、ウィリアムもきっと喜ぶわね。」
メアリーは笑顔でジョンに言う。メアリーも友人宅で貰ったクマの顔をしたロリポップはウィリアムへのお土産にしようと考えていた。もちろん、他のお菓子もウィリアムと分けるつもりだ。
「ああ。びっくりして踊り出すよ、きっと。」
ジョンの嬉しそうな表情は、本心から弟の喜ぶ顔を楽しみにしている様子だった。ウィリアムよりも先に、ジョンが踊り出しかねない。メアリーはくつくつと笑い、ウィリアムにどんな風にしてこんなにたくさんのお菓子を貰ったことを報告するか、ジョンと真剣に話し合いながら家へと向かった。
Witch's Invitation 魔女の誘い
「今夜の仕事はもう終わったんでしょう?」
問い掛けながら、ドロシーはジャックの背後から隣へと回り込んだ。
「ああ。今年の仕事はもう終わりだ。」
ジャックは笑って答える。
「なら、今夜は暇なのね?」
ドロシーはベンチの肘掛に腰を下ろし、確認した。
「久しぶりの人の世だからね。のんびり見物をするつもりだよ。僕にとっては年にたった一度の機会だ。」
「宴には出ないの? あなたも魔性の者なら参加資格はあるはずよ。」
ドロシーはジャックを見下ろしながら尋ねる。
「出席したいのは山々なんだけれどね。僕が痛めつけた悪魔たちは僕の参加を快く思わないだろう。僕を嫌って冥界への受け入れさえ拒否した連中なんだから。」
ジャックはくつくつと笑いながら、肘掛の上で不安定そうなドロシーの腰に腕を回した。ドロシーはゆったりとジャックに身体を預ける。
「悪魔なんて関係ないわ。あんなチビで醜い連中なんかに興味はないの。あんな連中、追い出してしまえば良いわ。あなたがいた方がお酒が美味しく飲めそうな気がするの。」
ドロシーはジャックの首に腕を回しながら微笑んだ。
「僕を誘惑するつもりかい?」
ジャックが笑いながらドロシーに返す。
「誘惑しちゃいけない? 最近、ろくな男がいないのよ。宴に来る連中は醜くて気味の悪い奴ばかり。久しぶりにまともなのが欲しいの。」
ドロシーは今にも互いの唇が触れそうなほどにジャックへ顔を近付けた。ジャックが困ったようにため息を漏らすと、ドロシーはジャックの顔を両手で包み込むように触れ、自らの唇をジャックの唇へ押し付けた。
「これまで、私の誘惑で落ちなかった男はいないの。」
唇を離したドロシーはいたずらっぽく笑う。
「なら、僕が最初か。」
ジャックがため息混じりに返すと、ドロシーはにやりと笑った。
「その反抗的なところ、気に入ったわ。魔女に喧嘩を売るなんて良い度胸ね。」
ドロシーは指先でジャックの顎を上向けながらジャックを見つめる。
「神も悪魔も僕には手を焼いているんだ。」
ジャックは真っ直ぐドロシーを見つめ返して答えた。
「魔女の宴へ来ない? 付き合ってくれたら、お礼に新しいカボチャちょうちんを作るための秘薬をあげても良いんだけど?」
ジャックはベンチへ腰掛ける際に隣へ置いたカボチャちょうちんを見つめながら考え込む。ジャックがカボチャちょうちんの頭をポンポンと叩くと、カボチャちょうちんはぴくりと動いた。ジャックを見上げ、にやりと笑う。しかし、明るくと持っていた光は段々と暗くなり、カボチャは明かりを失うと共にピタリと動かなくなった。
「新しい灯りが要るんじゃなくて? 暗くて寂しい狭間の世界では案内役が必要でしょう?」
ドロシーがにこりと笑う。
「仕方ないね。」
ジャックは動かなくなったカボチャを抱えると、ゆっくりとベンチから立ち上がった。
「お祭よ、リズ。」
ドロシーはにこりとリズに笑い掛け、再びパチンと指を鳴らす。黒猫の姿に戻ったリズは、ベンチの背凭れを蹴り、ドロシーの肩へと着地した。
Sweet Happiness 幸運は甘い香り
たっぷりのお菓子を抱えて、ジョンとメアリーは家へと戻って来た。門を入ってすぐ、異変に気付いたのはメアリーだ。玄関へ入ろうとして、ふと庭先へ視線をやった瞬間、メアリーはそれを発見した。ウィリアムだった。滑り台の下、芝生の上にウィリアムが倒れている。
「大変!」
メアリーが叫ぶと、玄関のノブに手を掛けていたジョンが振り返った。
「ウィリアム!」
メアリーは抱えていたお菓子の袋を放り出し、ウィリアムに駆け寄る。
「ジョン! お母さんを呼んで!」
驚いた表情でおろおろとしているジョンに告げた。ジョンはうんうんと頷いて、慌てて家の中へ飛び込んで行く。
「ウィリアム、ウィリアム!?」
メアリーはウィリアムの肩を揺さぶりながら声を掛けた。ウィリアムは仰向けになって苦しそうに顔を歪めている。メアリーは、ウィリアムが滑り台から落ちて怪我でもしたのではないかと考えたが、街灯と家の窓から漏れてくる薄明かりだけでは、どこを痛めているのかは確認のしようがない。
間もなく、母親がリビングのガラス戸を開けて飛び出してきた。母親はウィリアムを抱きかかえ、ウィリアムの額に手を当てる。
「大変、すごい熱!」
母親が声を上げた。
「ジョン、お父さんを呼んで車を出してもらってちょうだい。病院へ連れて行かなくちゃ。」
母親と共に庭へ飛び出してきたジョンは再び慌てて家の中へ戻る。楽しいハロウィンの夜は急に大変な事態となってしまった。
メアリーは祈った。ウィリアムがすぐに元気になりますように、と。
ジョンも祈った。メアリーとウィリアムも一緒に三人でハロウィンのお菓子をいっぱい食べられますように、と。
Talk with Wine 酒の席にて
薄暗い森の広場、魔物たちが犇く宴の席の片隅で、ジャックはワインを少しずつ味わって飲んでいた。口煩い魔女の宴だからか、ワインの味は悪くない。
「もっと食べたら? それとも、今夜は新鮮な魂でお腹がいっぱいなのかしら?」
ドロシーはジャックの腕に自らの腕を絡めながら、虚ろな瞳でジャックを見上げた。だいぶ酔いが回っているらしい。
「新鮮な魂? 一体誰に吹き込まれたんだか、何でも知っている魔女にしては死神についての誤解が多過ぎるな。」
ジャックはクスリと笑みを零し、ドロシーの柔らかなブロンドの髪に触れた。
「誤解? 私が何か誤解をしていると言うなら、真実を教えてちょうだい。」
ドロシーはジャックに顔を近付けながら、空になったワイングラスをテーブルに置き、代わりにジャックのワイングラスを奪い取る。
「死神は人の魂を食べるわけじゃないってことさ。」
ジャックはドロシーの手からワイングラスを奪い返し、ゆっくりとワインを一口含んだ。
「あら、じゃあ、何のために死神は人の魂を狩るの?」
ドロシーがジャックの瞳を覗き込んで問う。
「それがその人間の運命だからさ。あの子供は、まだ死の運命になかった。」
ジャックはテーブルに頬杖を突き、視線を遠くへ泳がせた。
「狩らなかったのね、あの子の魂を。」
「ああ。彼が選んだ運命は幸運。今夜は彼にとって最高のハロウィンの夜になるはずさ。たくさんのお菓子と彼を愛する家族に囲まれて、ちょっと風邪をこじらせるくらいは学校を休む良い口実。病気の内はたっぷりわがままを聞いてもらえるんだから、彼にとっては幸運に違いないさ。」
ジャックはグラスに残ったワインを一気に煽った。
「さあ、夜はこれからだ。年に一度の宴を楽しもうじゃないか。」
ジャックがドロシーに微笑み掛け、ドロシーも笑みを返してジャックの頬へ手を伸ばす。
「ニャア。」
二人の間に割り込むようにテーブルに着地したのは、黒猫の姿に戻されたままのリズだ。ジャックはくつくつと笑い声を漏らした。
「ご主人様を取られるのが気に食わないようだね。」
「どうかしら?」
ドロシーは不満そうにリズを睨むが、それでも仕方ないといった様子でパチンと指を鳴らす。
「年に一度のハロウィンだ。楽しまなくちゃね。」
少女の姿に変わったリズにジャックが微笑み掛けると、リズも白い頬を仄かに赤く染めて微笑んだ。どこからともなく聞こえて来る宴の音楽が高らかに響く。奇声に近い声がお喋りを続ける。人間たちがすっかり寝静まる頃になっても、魔性の者たちの宴は続く。
――僕はジャックさ、カボチャのジャック。死神ジャックの案内役。今夜はハロウィン、魔性の宴。夜明けの時まで、飲めや歌えや大騒ぎ。今夜はハロウィン、年に一度のお楽しみ。
ジャックの足元で、生気を取り戻したカボチャちょうちんが歌いながら跳ねた。不思議な空気に包まれて、宴の夜はゆっくりと更けて行く。
《了》