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Haunted Halloween

〜ハロウィンの夜にはカボチャがいっぱい〜
関連作品: 『Haunted Halloween 〜ハロウィンの夜にはお化けがいっぱい〜』
『Haunted Halloween 〜ハロウィンの夜にはお菓子がいっぱい〜』
※ 「お化けがいっぱい」、「お菓子がいっぱい」から順に読まれた方がより楽しめるかもしれません。

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(1)

Lighting The Road その道を照らすもの

 青年は闇の中を歩いていた。右手に下げたカブのちょうちんが仄かに足元を照らすものの、その白い光は弱々しく、今にも消えてしまいそうだ。
「困ったな。」
 とっくに日は西へ沈み、辺りは静寂と闇に包まれている。頼りない灯りの他は、光源になりそうなものと言えば星明りくらいだ。不幸にして今夜は新月だった。
 不意に白い灯りが瞬く。そして間もなく灯りは完全に消滅した。同時に、青年の足先に何かが当たる。目が暗闇に慣れるのを待ち、青年は見つけた。
 オレンジ色の手のひらサイズのカボチャだ。よく見ると、道の左右に広がった畑はカボチャ畑らしく、間引いたものなのか捨ててあるのか、カボチャは道のあちこちに転がっていた。
「ふむ……。」
 青年は足元のカボチャを一つ拾い上げると明かりの灯らなくなったカブちょうちんを置き、ポケットからナイフを取り出してその場に座り込んだ。カボチャを抱え、ナイフでそれをくり抜き始める。
 中身を取り去り、ついでに小さな穴をいくつか開けると、完成したのはカボチャのちょうちんだ。ただ、このカボチャちょうちんには光源がない。
「なかなかの出来じゃないか。」
 青年がにこりと笑って満足げにカボチャちょうちんを見つめていると、遠くから黄色い灯りが列をなして近付いてきた。



Souling Cake 祈りのケーキ

「ねえ、良いでしょ? 今夜だけよ。ちょっとだけだから。」
 エリザベスは母に向かって熱心に主張した。確かに、朝からの体調は万全とは言えない。それでも、一年に一度の行事に自分だけ欠席しなければならないなんてあまりにも退屈過ぎる。親友のキャサリンとも「一緒に行こうね」と先ほど約束を交わしたばかりなのだ。
 今日は万聖節の前夜祭。祭司と共に村の家々を回って、その先祖のために祈りを捧げる日だ。尤も、エリザベスが楽しみにしているのは祈りを捧げることではなく、そのお礼に貰えるケーキやお菓子の方だった。
「仕方ないね。途中で気分が悪くなったら無理をしないで、回り終わったら真っ直ぐ家に帰って来るんだよ。」
 エリザベスのしつこさについに母も根負けしたらしい。エリザベスは飛び上がって喜び、白い衣装を身に付けるとすぐさま家を飛び出した。
「気を付けるんだよー!」
 母の声を背に受けながら、エリザベスは教会へ向かう。
 エリザベスが教会へ着くと、キャサリンは既に到着しており、司祭も準備を整えてまさにこれから出発しようというところだった。
 エリザベスたちはそれぞれ燭台を手に、列を成して歩き始める。エリザベスとキャサリンは司祭のすぐ後ろに並んだ。
 最初は教会から一番遠い村長の家に向かうのが通例となっており、一行は人気のないカボチャ畑を横切る農道を静かに歩いていく。
「おや。」
 寡黙な司祭が呟いた。エリザベスは司祭の顔を覗き込むように司祭に並んでから、その視線の先を見遣った。人気のないカボチャ畑の先に人影がある。一行が近づくと、一人の若い男がこちらを向いて立っていた。黒いコートに身を包んだその男は、この村では見掛けない顔だ。男は道の真ん中に立ってじっとこちらを見つめている。
「何か御用ですかな?」
 司祭が問うと、男はにこりと笑った。
「もしよろしければ私のために祈っては頂けませんか?」
 男の台詞に、司祭は怪訝そうに首を傾げる。理由はエリザベスにも分かった。祈りは今生きている者のためではなく、既に亡くなったその先祖の魂が無事に天国に行けるように捧げるものなのだ。
「あなたのために祈るの? あなたのご先祖様じゃなくて?」
 エリザベスは司祭の後ろから尋ねた。
「ええ、私のために祈って頂たいのです。お願いできますか、可愛いお嬢さん。」
 男は腰を屈めてエリザベスに言った。オレンジ色の髪から覗く緑色の瞳が真っ直ぐにエリザベスを見つめ、エリザベスは微かに頬を赤くした。
「分かりました。あなたのために祈りましょう。」
 司祭が言い、一行は男のために祈り始める。エリザベスも胸の前で両手を組み、目を閉じた。



Sweets & Pumpkin お菓子とカボチャ

 祈りを終えると、男はにこりと笑った。
「ありがとう。お礼はこれで許して頂けますか?」
 男は足元のカボチャを司祭に差し出して言う。
「カボチャ?」
「ただのカボチャではありませんよ。」
 男が手のひらの上でくるりとカボチャを回すと、丸い目をした可愛らしい顔が現れた。
「わ、可愛い!」
 エリザベスが声を上げる。手のひらサイズのカボチャは丁寧にくり抜かれ、笑顔を見せている。
「気に入ってくれるかい?」
 男はエリザベスに向かってカボチャを差し出し、エリザベスはそれを躊躇いなく受け取った。
「先生、これ、私が貰っても良い?」
 エリザベスは司祭を見上げ、司祭は黙って頷いた。
「ずるいわ、エリザベスだけ。」
 キャサリンがエリザベスの手にしたカボチャを覗き込む。
「残念なことに、これは一つしかないんだ。その代わり、これをあげるよ。」
 男はポケットに手を入れ、エリザベスとキャサリンの目の前で拳を開いた。赤と黒の小さな包みが二つずつ、男の手のひらに載っている。
「これは運命のお菓子だ。一つだけ……。」
「ありがとう!」
 男が言い終わらぬうちに、キャサリンは両手で四つの包みを全て掬い上げた。男は驚いた表情で瞬きをした後、諦めたようでため息と共に笑う。
「キャシー、四つもなんて欲張りじゃない?」
 エリザベスが肩を竦めながら言うと、キャサリンは渋々両手を開いてエリザベスに差し出した。
「じゃあ、一つだけベスにもあげるわ。でも、赤いのはダメよ。赤は私の好きな色だから。黒いのを一つあげるわ。私はお菓子を三つ、ベスはカボチャとお菓子を一つ。カボチャの方がお菓子よりも大きいんだから、不公平じゃないでしょ?」
 キャサリンが言い、エリザベスはキャサリンの手のひらから黒い包みを一つ摘まみ上げた。
「交渉成立ね。ありがとう、お兄さん。」
 キャサリンは満足そうに手のひらに残された三つの包みをポケットに入れ、男に笑顔で礼を言った。
「それでは……良いお年を。」
 司祭は男にそう一言残し、ゆっくりと歩き始める。エリザベスもキャサリンと共に司祭について歩き出し、それからふと思い立ってエリザベスは男の下へ引き返した。
「お兄さん、灯りを持っていないでしょう? 真っ暗だと危ないから、私のをあげる。私はみんなと一緒だから。」
 エリザベスは男に燭台を差し出した。
「ありがとう。」
 男が微笑み、エリザベスはくるりと回ると小走りで一行を追い掛けた。



Catcher in The Pumpkin カボチャ畑でつかまえて

 日没から間もなく、残照が西へ西へと追いやられていく。
 青年は黒いコートを纏い、人気のないあぜ道を歩いていた。両脇に広がる畑では、闇夜に負けることなく自己主張するオレンジ色のカボチャが大きな顔を覗かせている。
「変わらないな、ここは。」
 あたりを見渡しながら、青年が懐かしそうな笑みを浮かべる。
 不意に、目の前の道に明るい光が差した。道の脇に立つ小屋の扉が開いたらしい。同時に、小屋の中から小さな黒い影が飛び出してくる。
「エリザベス!」
 次いで、声と共に老婆が小屋から駆け出して来た。青年は腰を屈めて飛び出してきた影を拾い上げる。影は甘えるようにニャァンと鳴いた。青年の腕に抱かれ、光の中にはっきりと照らし出された影は、一匹の黒猫だった。
「ああ、良かった。」
 心配そうな顔をして出て来た黒猫の飼い主らしい老婆は、青年の腕の中に黒猫の姿を認め、安心した表情を見せる。
「綺麗な子だ。」
 青年は黒猫の柔らかな毛並みを撫でながら呟き、差し出された老婆の手に黒猫を戻した。
「ありがとう。扉を開けたらいきなり飛び出しちまって……。」
 老婆は黒猫を大事そうに抱えながら青年に微笑み掛ける。
「外に出たかったのでしょう。今日はお祭りだから。」
 青年の台詞に、老婆は一瞬怪訝そうな表情を見せ、それから納得したように笑った。
「今日はハロウィンだものねえ。お前も子供たちのパレードに参加したいのかい?」
 老婆は黒猫の頭を撫でながら、黒猫を覗き込むように問う。黒猫はただゴロゴロと喉を鳴らした。
「ところであんた、この辺じゃ見掛けない顔だが……?」
 老婆がふと顔を上げて青年に問うた。
「ええ、ちょうど旅の途中で。」
 青年は柔らかく笑う。
「まあ、旅人さんとは珍しいね。この村には宿屋もないのに。今夜の寝床は大丈夫なのかい?」
 老婆の問い掛けに、青年は困ったように笑みを浮かべた。
「あらあら、寝るとこもないんだね。だったらうちへ泊まってお行きよ。ちょうどこれから夕飯の準備をするところさ。もうすぐ爺さんも森から帰って来る頃だからね。お腹も空いているんじゃないかい?」
 老婆の誘いに青年は答えなかったが、老婆は半ば強引に青年を小屋の中へ招き入れた。
「ささ、お入り、お入り。遠慮なんていらないよ。何しろ今夜はお祭りなんだからね。」



Memories of the Girl 少女の思い出

 小屋の中は外からの見た目の通りに狭かった。暖炉のある部屋は小さなテーブル一つで既にいっぱいな感じがする。ほとんど飾りのない質素な作りだが、暖炉の上には写真立てと手のひらサイズのカボチャが一つだけ飾ってあった。カボチャには丸い目が二つと、半月型の口が彫られていたが、青年はそれを一瞥しただけで、隣の写真立てを手に取る。
「この子は……?」
 青年は写真立てを手にしたまま、老婆を振り返った。写真の中央には大きなリボンを頭に付けた十歳前後の女の子が笑顔で写っている。
「ああ、それは私の娘さ。もう亡くなってしまったがねえ。」
 老婆はゆっくりと青年に歩み寄り、懐かしそうに写真を覗き込んだ。
「私に似て美人じゃろう?」
 老婆が笑い、青年は笑顔で頷き返す。年老いた老婆の口にはまだしっかりと綺麗な歯が並んでいた。年齢相応の皺が目立ちはするが、目鼻立ちは整っている。昔は美人だったに違いない。
「もう二十年になるかねえ。ハロウィンの夜だったよ。朝から少し熱があってね、それなのに、年に一度のお祭りだからと言って友達と一緒に教会の行事に出掛けてしまったんだよ。帰って来た時は何ともなかったんだが、夜遅くになると様子がおかしくなって、すぐに寝かせたんだが、その夜の内にそのまま眠るように逝ってしまったよ。あの時、もし私がきちんと出掛けるのを止めていたらエリザベスも死なずに済んだんじゃないかと思うと……。」
 老婆の腕の中で、黒猫がニャアと鳴いた。
「この子もエリザベスと言うんだよ。不思議なことにね、この子は娘が亡くなった翌朝、この家の前にちょこんと座っていたのさ。私も爺さんも、何だかこの子が娘の生まれ変わりのように思えてね、同じ名前を付けてしまったというわけさ。」
 老婆に喉元を撫でられ、黒猫は気持ち良さそうに喉を鳴らす。
「ああ、面白くない昔話をしてしまったね。すぐに夕飯の仕度をするよ。」
 老婆は黒猫を足元に下ろすと、キッチンへ向かった。



Supper in The Pumpkin Villege カボチャ村の小さな夕餉

 間もなくして、家主の老人が帰宅した。
「おや、お客さんかい?」
 カボチャが入った篭を背中から下ろし、老人は青年に視線を向ける。
「ええ、旅人さんだそうですよ。この村には宿がないから、一晩泊まってもらうことにしたんです。」
 老婆はキッチンに立ち、背を向けたまま答えた。
「そうかい、客人なんて久しぶりだよ。この通り大したものもないが、ゆっくりしていくと良い。」
 老人は篭を玄関脇に置き、青年ににっこり微笑みかける。
「今日の収穫ですか?」
 青年は玄関脇の篭を指差しながら老人に問い掛けた。
「いや、売れ残りだよ。でも、今朝は荷車に山とあったから、だいぶ売れた方さ。ほれ、なかなか可愛いだろう?」
 老人が篭から拾い上げたカボチャには、目と鼻らしい三角形の穴が三つと、裂けるように広がった口らしい穴がくり抜かれ、薄気味悪く笑う化け物の顔のようだ。
「それは……?」
「カボチャちょうちんさ。」
 老人は言い、手にしたカボチャを持ってテーブルに着いた。
「この村ではずっと食用のカボチャを作ってきたんだが、二十年以上前にこの村のカボチャよりもずっと美味しい新品種が開発されてからは隣町の市場での売り上げもだいぶ落ちてしまってね。村を出て行く者もいたくらいなんだが、ある時閃いたんだよ。このカボチャの中身をくり抜いて彫刻を施せば、なかなか良いオブジェになるんじゃないかってね。それを教えてくれたのが、あの子さ。」
 老人はそう言って暖炉の上の写真を指差した。
「二十年前に亡くなられたと奥様から伺いました。」
「ああ、あの子が亡くなったハロウィンの日のことさ。教会の行事で村の家々を回る途中で旅人らしい若い男に会って、祈りの礼にとあのカボチャを貰ったと言うんだ。あの子は目と口の穴がくり抜かれたあのカボチャをとても気に入った様子だったよ。私はそれを見て、このカボチャの新しい使い道を閃いたんだ。今はこれが、魔除けの飾りとしてハロウィンのシーズンには飛ぶように売れるこの村の名産品さ。この村が復興できたのはあの子と、その若い男のおかげと言うわけさ。だから、旅人は大事にせんとな。もしかしたらあんたも私たちに何か良いものをもたらしてくれるかもしれない。」
 老人はニカッと笑って、カボチャちょうちんをテーブルの真ん中に置いた。
 そんな話を聞くうちに、夕食の準備が出来たらしい。テーブルには、バスケットに入った小さなパンが三つと、ニンジンにタマネギ、グリーンピース、そしてジャガイモの代わりにたっぷりのカボチャが入ったホワイトシチューが三皿並んだ。黒猫にもシチューの入ったお皿が床に置かれる。
「さあ、召し上がれ。」
 老婆に促され、青年は木製のスプーンでとろみの弱いシチューを掬い上げた。ゆっくりスプーンを口へ運ぶ。味は薄く、カボチャはぱさぱさとして甘みも少なかった。
「どうだい?」
 老婆の問いに、青年はにこりと笑ってもう一口シチューを飲んだ。老婆は満足そうに笑い、老人と共に美味そうにシチューを飲み始める。
 青年の足元で、黒猫がシチューの熱さに驚いたのか、尻尾を立てて飛び跳ねた。

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