ここち

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風紀委員の恋


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 「失礼いたします。」
 要は職員室に入ると一礼し、顔を上げた瞬間、一人の男子生徒と目が合った。要を呼び出した主である梅田の傍らに立っていたのは、要が今、世界で二番目に出会いたくない人物、高嶋卓哉だった。
「ああ、中野か。ちょうど良かった。お前からもちょっと言ってやってくれ、松川に余計なちょっかいを出すのはやめろって。」
 梅田は椅子に腰掛けたまま振り返り、要を手招きした。風紀委員長として、先輩として、問題のある二年生に適切な指導を求められていることは分かったが、要が高嶋に対して言うべきことなど何もない。
「先生、余計なちょっかいじゃないっすよ。俺、晴香と真剣に付き合ってんだから。」
 高嶋は逆立てた金髪を撫でながら、彼女の名前を口にした。
「生徒の真面目な恋愛に先生が口出しするなんておかしいっしょ? 委員長もそう思うよな?」
 高嶋の馴れ馴れしい口調に苛立ちながらも、要は出来る限り平静を装った。視線を落として小さく息を吐き、高嶋を見据える。
「その金髪もそのズボンも校則違反だ。お前のような奴が真面目に恋愛してるとは思えない。」
「きついっすね、委員長。」
 高嶋は肩を竦めながら笑う。
「でも、人を見た目で判断するのって良くないと思いますよ?」
 珍しく丁寧な高嶋の台詞で、要の脳裏に晴香の台詞がフラッシュバックした。
 ――高嶋先輩は委員長が思っているような悪い人じゃありません。
「ルールも守れないような奴が偉そうな口をきくな。」
 声が震えた。
「ルール、ルールって、そんなもんにがんじがらめになった人生なんて、つまんなくないっすか?」
 言い返せなかった。握り締めた拳をほどくのに精一杯だった。
「何を偉そうに。中野の言う通りだぞ。お前、こないだの定期試験も数学は赤点だったろう。出席もギリギリなんだからな。いい加減にしないと留年させるぞ。」
 梅田は軽く握った拳で高嶋の腹を突いた。
「いいっすよ、別に。どうせなら晴香と一緒のクラスにしてよ。」
「お前は本当に……。」
 梅田は頭を抱えながらため息を吐く。入学当初から問題有りの高嶋については、既に教師の側も諦めに入っていた。要も風紀委員長として高嶋の髪型や服装、そして度重なる遅刻を注意し続けているが、一向に効果はない。停学処分でも出せば少しは変わるのかもしれないが、自主自立を重んじる学校長が厳しい処分に踏み切る気配はなく、結局、無法者を野放しにしているのが実態だ。暴力沙汰にでもなれば話は別なのだろうが、今のところ、高嶋の行動がそれに及ぶことはない。
「話がそれだけなら俺、もう行くよ? 部活あるし。」
「部活? お前が?」
 要が思わず聞き返すと、高嶋はにやりと笑った。
「帰宅部。ほとんど毎日真面目に活動してんだ。」
 高嶋はそう答えてきびすを返し、さっさと職員室を出て行く。梅田ももはや引き止めるつもりはないらしい。
「全く、あいつはしょうがない。松川と付き合うようになって少しは真面目になるかと期待したんだがな。」
 梅田はため息を吐きながら頭を掻く。
「それで先生。僕に用があったんですよね?」
 要は高嶋が消えた扉に背を向けて、梅田に向き直った。
「ああ。松川と高嶋のことが噂になってるだろう。高嶋はともかく、松川の方が気になってな。さっき松川からも話を聞いて、特に無理矢理付き合わされているというわけではないようなんだが、こう噂になる本人も気にしてるみたいでな。中野は松川と親しかっただろう? 何か相談を受けたりしてるんじゃないかと思ったんだ。」
「特に、何も。」
 要は静かに答えた。
 果たして自分は彼女と親しかったのだろうか。彼女が高嶋を好きだったということは二人が付き合い出したという噂で初めて知った。彼女にとって、自分は同じ委員会に所属している先輩の一人でしかなかったに違いない。特別親しかったわけではない。
「そうか。まあ、少し気に掛けてやっといてくれるか。」
 梅田の依頼に「分かりました。」と答えたものの、出来ることなら関わりたくなかった。彼女と高嶋のことは意識の外に置いておきたい。
「話がそれだけなら、これで……。」
「ああ。色々悪いな、大事な時期に。もう来週だったな、第一志望の国立大。」
「ええ。」
「お前なら何の問題もないと思うが、頑張れよ。」
「ありがとうございます。」
 要は一礼して職員室を辞した。高校三年の要にとって、今は大事な大学受験シーズンだった。既に滑り止めの私立の合格は決まっているが、滑り止めはあくまでも滑り止め。本命の国立大の入試はこれからだ。他人の色恋沙汰に関わっている暇などない。忘れよう。
 要は南棟の教室へ鞄を取りに戻ると、委員会室へは立ち寄らずにそのまま帰宅した。

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